わが歌集からー妻(1/4)
電話鳴り妻の手術日告ぐる声丹沢山塊とほく黒ずむ
入院の妻をかばひて通勤のバスに乗り込む師走国道
相部屋の入院ベッドに妻残し会社へ急ぐ木枯しの中
開腹に立ち会ふ我は祈りつつ窓越しに見る妻の昏睡
珈琲の朝の香りに浸りつつ妻はさくさくセロリを食めり
アナウンス「ラ・コステベルデのみなさん」の中に飾れる妻もありけり
老ひぬれば柔軟体操はじめむか妻は心をやはらぐべしと
妻とゆきし高原の村鬼灯の赤き実透きて山高かりき
大学のある日の子等の写真見せ妻は寂しむ過ぎし青春
雪国の母を見舞ひし妻の留守春の岬にひと日遊べり
妻の買ひし小さき鉢の蟹仙人掌書棚に小さき赤き花点く
死して後わが白骨は海に撒け山野に撒けと妻を困らす
妻と酌む麦酒一本新香を噛む音のする鰻屋の昼
カルチュアに木彫習う妻若し夜更けても彫る御仏の顔
むらさきの花を飾りて妻泣きぬ子と喧嘩せし日の夕暮に
龍王峡耳を聾せる激つ瀬のむささび橋に妻と吾と立つ
あの鱒のムニエルの味妻と吾の中禅寺湖の思ひ出なりき
酔ふほどに妻の不満の噴き出す焼鳥を食ひ釜飯を食ひ
血管の青きが浮かぶ手の甲を見ながら妻の愚痴を聞きゐつ
妻老いて梅酒サワーをさはさはと喉(のみど)に流す夕焼けの空