天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

命の歌(6/17)

  なにか厭ふよもながらへじさのみやは憂きに堪へたる命なるべき

                   新古今集・殷富門院大輔

*「あなた、どうしてそうあたしを嫌うの? あたしとても長くは生きていないでしょうよ。だっていつまでもこんな辛さに堪えていられないんだもの」(田辺聖子訳)

 

  草の庵をいとひてもまたいかがせむ露のいのちのかかるかぎりは

                       新古今集慈円

  わすれじの行末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな

                    新古今集・儀同三司母

*「あなたが私を忘れまいとおっしゃる、その遠い将来のことまでは、頼みにしがたいことなので、こうしてお逢いしている今日かぎりの命であってほしいものです。」

 

  露のいのち消えなましかばかくばかりふる白雪をながめましやは

                     新古今集後白河院

*「夜のうちに露のようにはかないこの命が消えてしまったなら、今朝このように美しく降る雪を眺めることができただろうか。」

 

  年たけてまた越ゆべしとおもひきや命なりけり小夜のなか山

                       新古今集西行

  はかなくぞ知らぬいのちを嘆きこし我がかね言のかはりける世に

                    新古今集式子内親王

*かね言: 前もって言いおいた言葉。約束の言葉。漢字で予言と書く。

 

  長らへて世に住むかひはなけれども憂きにかへたる命なりけり

                    新古今集守覚法親王

*「生き長らえてこの世に留まっていても生甲斐とてはないけれども、これまでのつらい経験の代りに与えられた命と気がついて、いとおしく思うのだ。」(新日本古典文学大系

 

  恋ひ死なむ命はなほも惜しきかな同じ世にあるかひはなけれど

                     新古今集・藤原頼輔

 

 古典和歌の命を詠んだ作品に共通することだが、具体的な事物を詠み込むことが稀であること。せいぜい露、もみじ、雪くらいなもの。第一回目にあげた大伴旅人の「象の小河」や西行の「小夜のなか山」は、身近な情景との関係で詠んだもので当時として画期的と言える。

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小夜の中山