この世のこと(8/16)
ありふるもうき世なりけり長からぬ人の心をいのちともがな
金葉集・相模
*「生き永らえるのも辛いこの世で、長続きしなかったあなたの心の想いを、私の短い命としたい。」 前書きに「ほどなく絶えにける男のもとへ言ひつかはしける」とあり、男性が遠ざかっていった時に詠まれた恨みの歌とわかる。
ともがな: …としたいものだ。
早き瀬にたえぬばかりぞ水車われもうきよにめぐるとを知れ
金葉集・行尊
法のためになふ薪にことよせてやがてうき世をこりぞはてぬる
金葉集・膽西
*仏法のためと理由をつけてなすことがうき世を刈り取って(だめにして)しまう、という心配あるいは批判の歌であろうか?
かりそめの浮世の闇をかき分けてうらやましくも出づる月かな
詞花集・大江匡房
いづくにか身を隠さまし厭ひても憂き世に深き山なかりせば
憂き世には留め置かじと春風の散らすは花を惜しむなりけり
おほけなくうき世の民におほふかなわがたつ杣にすみ染の袖
千載集・慈円
*おほけなく: 「おほけなし」は「身分分相応だ」とか「恐れ多い」という意味。
「身の程もわきまえないことだが、このつらい浮世を生きる民たちを包みこんでやろう。この比叡の山に住みはじめた私の、墨染めの袖で。」「墨染めの衣で覆う」とは、人民の加護を仏に祈ること。百人一首にある。
おもひ出のあらば心もとまりなむいとひやすきは憂世なりけり
千載集・守覚法親王
寂しさにうき世をかへて忍ばずばひとり聞くべき松の風かは
千載集・寂蓮
*寂しさにうき世をかへて: 憂き世での生活の代わりに、寂しい出家の生活を選択した、ということ。
「俗世間での生活を、出家という孤独と引き換えに棄てて、ひたすら寂しさに堪えて生きてきた。だからこそ、たった独りで聞くことにも耐え得るのだ、松の梢を吹きすぎる風の音を。」