恋(1/13)
洋の東西を問わず、恋は詩歌の基本的主題である。勅撰和歌集には、「恋」が一つの部立としてまとめられていた。それだけに「恋」を含む言葉も多様である。
このシリーズでは、熟語や複合語などの多様な言葉を除き、単純に名詞の「恋」一語を詠んだ作品に絞って取り上げていく。単純化されるかもしれないが、恋の本質的心情が明らかになることを期待したい。
辞書に拠れば、恋とは、➀眼の前にないものに心ひかれること。 ➁特定の異性を切なく慕うこと。 後者の場合が主流である。
明日香河川淀さらず立つ霧の思ひすぐべき恋にあらなくに
*明日香の里への慕情とする解釈をとると、「飛鳥川にいつも立ち込めて去らずにいる霧のように、私の明日香の里への慕情も簡単に消え去るようなものではないのです。」となる。
験(しるし)なき恋をもするか夕されば人の手まきて寝(ぬ)らむ児ゆゑに
万葉集・作者未詳
*験: 効果、ききめ。 手まきて: 腕を枕にして。
「報われもしない恋をしているよ。夜には他の人の腕を枕に寝ているであろう娘を好きになって。」
あらたまの五年(いつとせ)経(ふ)れどわが恋の跡無き恋の止(や)まなくも怪し
万葉集・柿本人麿歌集
*「貴重な玉のような五年を過ごしたけれど、貴女と実際に愛し合うことの出来ない私の恋なのに止むことがない不思議さよ。」
面忘(おもわす)れだにも得(え)為(ず)やと手握(たにぎ)りて打てども懲(こ)りず恋といふ奴(やつこ)
万葉集・作者未詳
*「顔だけでも忘れられないかとこぶしを握り、打てども打てども、忘れられない恋という奴。」