馬場あき子『日本の恋の歌』(角川学芸出版)〜貴公子たちの恋〜、 〜恋する黒髪〜 の二冊が参考になる。後者のあとがきにある、次の一節が興味深い。
「恋の歌の世界で独特の発達をとげたのは比喩で、その多彩さは目をみはるばかりである。」
防人(さきもり)の堀江漕ぎ出(づ)る伊豆手(て)舟(ぶね)楫(かぢ)取(と)る間なく
*「防人が堀江を漕ぎ出る伊豆の手船、その楫を取る暇もないほどに恋心が募る。」
八百日(やほか)行く浜の沙(まなご)もわが恋にあにまさらじか沖つ島守
万葉集・笠 女郎
*「何日もかかっていくほどの長い浜の砂の数でも私の恋心に勝ることはないでしょうよ。沖から見ている島守さん。」
ひさかたの天(あま)つみ空に照れる日の失(う)せなむ日こそわが恋止(や)まめ
万葉集・作者未詳
家にありし櫃(ひつ)に鍵刺(かぎさ)し蔵(をさ)めてし恋の奴(やつこ)のつかみ
梓弓ひけばもとすゑ我がかたによるこそまされ恋のこころは
*もとすゑ: 弓の本(上端)と末(下端)。
「梓弓を引けば、本と末が私の方に寄って来る――その「寄る」ではないが、夜になるとつのるよ、恋の心は。」
作者・春道列樹(はるみち の つらき)は、平安時代前期の官人・歌人。
たきつ瀬に根ざしとどめぬ浮草のうきたる恋も我はするかな
さつきやま梢を高みほととぎす鳴く音そらなる恋もするかな
古今集・紀 貫之
*「五月山の梢が高いので、そこに鳴くホトトギスの声ははるか遠くの空で響くが、それと同じようにこの私もいくら泣いてもむくわれない、むなしい恋をすることよ。」