別れを詠む(7/10)
帰らざる夫に嘆きし家なりき沈丁花にも訣れを告ぐる
長尾福子
*夫は何故帰ってこなかったのか。それを嘆いて暮した家を去る場面のようだ。ちょうど沈丁花が咲いている時期。
ことすべて終りし如き安らぎのみ顔を拝す涙を堪へて
松村英一
まさかにもこれが別れか去りがたき病室の扉をしめて離るる
若山旅人
*旅人の父・牧水は韓国旅行から体調を崩して帰国して、急性胃腸炎と肝硬変を併発する。この歌は、病院に見舞いに行った時の状況だろうか。その後牧水は沼津市の自宅で死去した。
ひとの世はわかれの場所よ相見つつ二十日ゐたりし母も帰りぬ
河野愛子
別れなん子を中天へ運びゆく花のうてなの観覧車見ゆ
久津 晃
セーヌ河見おろす部屋よりエッフェル塔十日眺めて今日は別るる
中野菊夫
信号に堰かれて舗道(みち)に溢れゆく黒き油のごとき喪の群
山本かね子
*死者との別れの場である葬式に参加する多数の喪服の人達が、赤信号で堰き止められた光景。