天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成二十三年「イチロー」

  イチローは二百安打へあと七本テレビ見ていた糸瓜忌の昼

 

     数の世界(二)   八首

  数学を飛躍せしめし古き代のインドの工夫 0(ゼロ)、記数法

  0(ゼロ)につき加算減算乗算の性質述べしブラーマグプタ

  整数の除算のできる新しき数を定義す 分数といふ

  ピタゴラスの定理満たせる三つ組の無数なること証明やさし

  ピタゴラスの定理の次数拡張がフェルマー予想の最終定理

  秘密裏に八年間を費やしてフェルマー予想の証明は成る

  フェルマーの最終定理の証明に三世紀半かかりし あはれ 

  人類の叡知なりけりコスモスの謎解き明かす数の概念

 

  百歳の田中(でんちゅう)が女人彫りたしと買ひし五トンの楠のこりたり

  水鳥のいまだ渡らぬ池の辺はかぼそき声にちちろ虫鳴く

  ヨシノボリ、ホトケドジョウの棲むといふ湧き水の谷カケスが騒ぐ

 

     数の世界(三)   八首

  いにしへのインドの位取り記数法砂の上なれば記録少なし

  数論の基礎学ぶべくさかのぼるユークリッドの『原論』までを

  中学生レベルの知識前提に不可思議を解く『虚数の情緒』

  GIPSに求められたる現時点最大のものメルセンヌ素数

  オイラーの導入せしとふe、π、l、Σなどの威力大なり

  オイラーの著作九十巻を超えいまだ完結せずと伝ふる

   長年のデータ野球にもとづけり野村克也の作戦ノート

  MLBのアメリカン・リーグの決勝戦東進ハイスクール」の広告は見ゆ

 

  地にあれば引き剝がさるる鳶などもかろやかに浮く野分の風に

  学校に遅刻しさうと子供らは相生地獄坂かけのぼる

 

     折に触れて   八首

  鳥兜あそこに咲くと声ひそめ教へてくれし谷戸の里人

  狐久保瓜久保あれど文字の他違ひわからず谷戸にとまどふ

  翡翠谷戸の湿地にわが待てば奥の木立を影うつる見ゆ

  山裾に掘りたる池の秋ふかみ金魚の鰭は垂れてうごかず

  江ノ電の警笛鳴れば皆避くる干物あきなふ腰越通り

  うかび来し鵜は青鷺の足元に 顔見合はせて驚きにけり

  くりかへしセツの語れる怪奇譚暗き明りに八雲は聴けり

  弁天をたのむほかなき経済のこの年暮るる電飾の島

 

     箱根駅伝   四首

  近づけば思ひのほかに小柄なる駅伝走者に汗ひかる見ゆ

  壁として立ちふさがれる権太坂牛蒡抜きするランナーのあり

  玉くしげ箱根の険をかけゆけり「山の神」とふ駅伝走者

  シード権を得むと十位をあらそひて踵接する一団のあり

 

  卓上の香(かぐ)の菓(このみ)を手にとれば延坪(ヨンビヨン)島に火煙は立つ

 

     去年今年   八首

  手術せむいやまだ見えると引き延ばす白内障の右目うとまし

  そのかみの日本武尊の東征の地図を載せたり大磯町史

  おほかたは地面におちて腐るらし細き枝になる大き榠樝(くわりん)は

  年月を費やしにつつ遅々としてさがみ縦貫道は伸びゆく

  江ノ島の沖にひびかふエンジン音やみたる時は釣りはじめたり

  やはらかな心かへれと神仏に願かけまゐるこの元日は

  とりがなく吾妻山には水仙も菜の花も咲くむつききさらぎ

  氷片を詰めたグラスに泡盛の古酒をみたせり 牛(ぎう)のしぐれ煮

 

  朝光の及ばむとする葉の蔭にゆづるはの実の黒きむらさき

  太刀、弓、箭、甲も納めし正倉院宝の数をしのぐほどなる

 

     早春賦   八首

  倒れにし大き銀杏の切れ端を木霊やどると買ふ初詣

  若宮の横に立ちたる柏槇はピサの斜塔のほども傾く

  初春の三崎港(みさきみなと)の競りの声錨おろして船は眠れる

  はば海苔を買へとすすむる白髪の老婆のうしろ馬の背洞門

  雌一羽雄二羽飼へる檻あれば孔雀の性をしばし思へり

  対向の電車が着くを待つてゐるあからひく日の稲村ケ崎

  上げ潮に赤き手毬が現れてテトラポッドの波にただよふ

  浮びこし海鵜めがけて降下せる鳶の鉤爪水をひつかく

 

     東日本大震災の折   八首

  地震(なゐ)きたり揺れはじめたる本棚を妻とふたりで支へてゐたり

  地獄とはかくのごときか設計の想定外を言ふもおぞまし

  テレビ画面に地震警報出でたれば「幸福の木」を息つめて見る

  暴徒らに向けむと作りし放水車いま原子炉の暴走に向く

  真夜中に叫びて目覚む地震酔ひか余震か分かず熟寝(うまい)しなさぬ

  停電に何しやうもなき人々が里山道に挨拶交はす

  来たる世の津波を避くる手立てなれ万里の長城ノアの箱船

  母を呼ぶ声のかぼそき北上の津波の跡にさくら咲き出づ

 

     震災とさくら   八首

  対策の貧弱なるを憤りテレビに叫ぶわれならなくに

  アイディアを思ひつくたび高ぶりて首相官邸にメールを送る

  大いなる津波に耐へてのこりたる一本松は根を患へり

  季(とき)くれば花を咲かせる山桜大地の震ふこの年もまた

  インド象うめ子の生きし面影は本丸跡の小さきレリーフ

  鬱々と里山みちをわがくれば羊歯の葉にちる山さくら花

  岸壁の柵に釣竿ならびたり左右(さう)のうしほのぶつかるが見ゆ

  風紋を踏みし足跡あたらしき片瀬の浜の春の潮騒

 

  花咲きてのどかなる日を狂ほしく東日本の大地は震ふ

  草を食む象に向かひて「ひろきくんです」自己紹介をしたり二歳児

 

     アボタバードに死す   八首

  インターネット、電話もつけず壁高き家に住ひて姿を見せず

  ウサマ・ビンラディンを気遣ふ歌もあり言論自由の有難きこと

  拘束は生死を問はずの指令あり「ジェロニモ」といふミッション・コード

  ヘリコプター四機飛来す真夜中のアボタバードのしじま破りて

  最悪は生かして裁きにかくること戦闘として撃ち殺されし

  葬式は北アラビア海その位置の定かならざるカール・ビンソン

  ウサマ・ビンラディンを射殺せしことが大統領の支持率を上ぐ

  茎のびて莟ふくらむアマリリス テレビ見る間に花ひらきたり

 

     梅雨さなか   八首

  マニュアルに頼るほかなき技術者は途方に暮れぬマニュアルに無く

  放射能汚染物質をどこに置く 廃坑いかにと提案したり

  原発の廃止叫ぶはいとやすしどこまで耐ふる電力不足

  赤襷もんぺ姿のをみならが菖蒲田に入り草取りをする

  ほととぎすしきりに啼けばあやめ草日に異(け)に咲きて何かなつかし

  六人が一人一頭犬つれて片瀬の浜を縦列にゆく

  波待ちてサーフボードに腹這へるウェットスーツをうらやむなゆめ

  早苗田は水湛へたり足柄の水音高きあぢさゐの道

 

     あきらめず   八首

  寝苦しき夜白みたり起き出でて「なでしこ」いかにとテレビつけたり

  わが後に妻も起き出で観戦すテレビの前に二人ならびて

  観戦のテレビの前に熱くなり宇治金時の掻氷食ぶ

  感激の涙ながせるわが顔を妻は横眼にぬすみ見るかも

  「がんばろう日本」と書きし日の丸をうち振りめぐる選手、監督

  菅よりもオバマが先に祝福すアメリカに勝ちしなでしこジャパン

  八時半「なでしこジャパン優勝」の号外もらふ藤沢駅

  ねばり強く総理の椅子にある人はなでしこジャパンを誉め称へたり

 

  カーテンをつかみて叫ぶ夢の中妻が目覚めてわれを揺さぶる

 

     チャールズ・ワーグマン氏   八首

  くつろぎて障子戸を背に立つ女ワーグマン氏のカネといふ妻

  暗殺の危険はあれど日本の風俗描きて故国へ送る

  品川にワーグマン氏が描きたる大名行列明治十年

  整然と並びて立てる兵と民 斬首の前の刑場のさま

  日本人二人の弟子が習得すワーグマン氏のスケッチ技法

  妻子とは離れて眠る英国人ワーグマン氏は外人墓地に

  深緑のしげみ騒がすものありてしばらく待てば烏あらはる

  草の葉にしがみつきたる執着は梢に鳴ける蝉の抜け殻

 

     夏逝く   八首

  壁黄なる床屋ありしが黄のままに整骨院に変りてゐたり

  砂浜に寄せ来しごみに罎缶のありてまぎるる海胆のなきがら

  蝉声の松川縁をゆくほどに杢太郎の絵や詩(うた)に会ひたり

  五種類の蛙棲むとふ里山にひときは響く牛蛙のこゑ

  小さくも赤き斑(まだら)の恐ろしき蛇の泳げる泥落とし池

  山間(やまあひ)の池のま中の枯枝にカハセミ一羽首かしげたり

  夕去れどまだ鳴き止まぬかなかなのはるけき声をわが床に聞く

  サイレンの吹鳴方法(なりかた)しるす立て看は城山ダムの放流の時

 

     わが節電期   三十首  

  屋根のみがあらぬところに流れつきわが家なりきと老はゆびさす

  腰に吊る携帯電話に緊急の地震速報 別音に鳴る

  計画はあひまひのままひたすらに忍耐強ふる電力会社

  原子力なくてかなはぬ電力の節約の朝さくら咲き出づ

  窓際にワンセグテレビを据ゑ置きて遣る瀬なく見る停電の夜

  大いなる肩書もてる教授きて原発事故のレベルを語る

  時経れば事故報告は過激なりメルトダウンからメルトスルー

  原発の廃止叫ぶはいとやすしどこまで耐ふる電力不足

  イチローの二百安打をこの年も期待して見る朝のBS

  血塗られし床と乱れしベッド見ゆウサマ・ビンラディンの死亡伝へて

  陸上に葬らば聖地になるおそれ海に沈めて場所を隠せり

  射殺され連れ去られたる父のこと忘れざらめや妻と娘は

  あんな球振るわけなかろ イチローは振つてヒットにしたりけるかも

  ローソンの入口近く繋がれて犬は主の行方見つむる

  国民の期待背負ひて躍動すなでしこジャパンの若き肢体は

  PK戦ゴール防ぎて日本の優勝決まり涙ながるる

  あきらめの早きをふかく恥入りぬなでしこジャパンの戦ひぶりに

  あちこちのCMに出るイチローの打撃不振は心さむしも

  ダスキンにエアコン掃除をたのみたり扇風機も買ふわが節電期

  吊り橋に二頭の犬とすれちがふ胴体熱く足に触れたり

  氷片を詰めしグラスにバーボンを満たして飲めば猛暑日は去る

  イチローの無安打の日は腹立たし二度とゲームは見ないぞと思ふ

  節電の猛暑の日々に秋立てば鉄路の草にちちろ虫鳴く

  ニュートンアインシュタインの発想の神秘に触れむ 重力を読む

  力には四種類あり三次元なればいづれも逆二乗則

  電気力、重力のほかに見つかりし弱い力と強い力と

  一グラムのウランにて足る原子力解放すれば広島を焼く

  重力の弱き理由を解明すADD模型の余剰次元

  高エネルギー加速器内に作るらしホーキング放射=ブラックホール

  鷲の棲む筑波の山にいははしの神を訪ねし 霧ふかき日に

 

イチロー