天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

乗りもののうたー航空機(1/3)

 日本における飛行機の開発は、ライト兄弟よりも早かった。二宮忠八は1891年にゴム動力付き模型飛行機を作った。忠八はカラスをマネれば飛行可能だと考え、実験を始める。そしてカラスのような尾翼をもったプロペラ式の模型飛行機を作り上げ、35mほどの飛行に成功した。しかしライト兄弟の初飛行(1903年)の話を聞いて、開発を中止してしまった。日本で最初に動力飛行機で空を飛んだのは、日本陸軍日野熊蔵で、1910(明治43年)年のことという。(百科事典から)

 

  天つ風吹き立ちぬらし飛行機の翼に触れてゆく雲のあり

                       石榑千亦

  敵機にあらずか子らの尋(たづ)ぬる飛行機の我もしか思ふ敵機にあらずか

                       福田栄一

*戦時中に親子で空を見上げていたのだろう。

 

  飛行機のゆらめく太き胴体が立春の空に浄くかがやく

                       玉城 徹

  空高く、

  けふもスミスの飛行機の、

  かかはりもなく、飛べるなりけり。     西村陽吉

*アート・スミスは、アメリカ合衆国の曲技飛行士であった。1916年には富山市の富山練兵場や浜松市の和地山練兵場で、宙返り、横転、逆転、木の葉落としなどの演目を披露した。

 「かかはりもなく」とは、自分とは関係なく、ということだろうが、作者の感情を反映しているようだ。

 

  天なるや無音気圏をゆけるときわが飛行機に火(ひ)竈(がま)の音する

                       葛原妙子

*無音気圏とは聞きなれない言葉。大気がある圏内では音は伝わるが、大気圏外では飛行機は飛べないはず。どうも不可解。

 

  飛べる機の気密破れて吸ふ酸素不足とならばわれら喘ぐべし

                       葛原妙子

*当たり前。

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飛行機

[注]このシリーズにおいても関係画像をWEBから借用している。

乗りもののうたー汽車、電車(5/5)

  あかあかと灯をともしたる内部見え電車入りゆく夜更の車庫に

                       島本正齋

  水色の電車夕靄に紛れんとして一斉に灯りを点す

                       大西公哉

  ねむくなりしひとが乗りこむ真夜中の電車は地下のみづうみへゆく

                       松平修文

*下句は、「ねむくなりしひと」の夢の世界を暗示する。

 

  夜の電車に運ばるるもの なかんづく空席といふ淋しきゆとり

                       安江 茂

*なかんづく: 「就中」と表記。とりわけ、殊に、特に を意味する。

 

  ひと一人限度越えしと剥ぎ取らせ朝の電車は扉閉ざしき

                       鈴木諄三

*朝の通勤電車の発車時の情景。

 

  軋(きし)む音響かせ電車まがり行く線路に火花打ち散らしつつ

                       神作光一

  降りる乗る満員電車の喧騒は祖国喪失者の存在理由(レーゾンデートル)

                       黒岩剛仁

*勤め人の生活が、なんともあわれに感じられる。

 

  平行に並ぶ電車がおたがひに夜の内部をさらしつつ行く

                     井谷まさみち

 

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電車

乗りもののうたー汽車、電車(4/5)

  ふたたびは死なざるものを汽車発てば湖(うみ)現るる日ざかりの駅

                       清水正

*生物の命は一回だけのもの。ふたたび死ぬことはあり得ない。汽車に乗っていて外の風景を見ながら思ったのだろう。

 

  屋上より発車の電車風の日の夕日のなかにゆらぎつつ出づ

                       中野菊夫

  急カーブ曲る電車がせめぎ合ふやうに見えつつ連なりてゆく

                       青田伸夫

  はつあきのゆふぐれに見き新幹線すきとほる管となりて過ぐるを

                       小池 光

  にんまりと昼を点して入りきたる<ひかり>の鼻は雨に濡れける

                       永田和宏

*擬人法。

 

  広軌から狭軌にかわる興奮が山形新幹線「つばさ」にはある

                       高瀬一誌

*東京駅―福島駅間は東北新幹線として山形新幹線開業前より先行して新幹線電車が運転していたため、狭義には在来線区間となる奥羽本線区間である福島駅 - 山形駅新庄駅間を山形新幹線とする。歌はこうした背景を踏まえている。

 

  降る雪に瞬かぬ目を光らせて白蛇(ヒドラ)のごとし新幹線は

                      春日真木子

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新幹線

乗りもののうたー汽車、電車(3/5)

  傷多き鞄をさげし集金夫と待ちをりおくれて着くといふ汽車を

                      真鍋美恵子

  野火のけむり汽車の窓より入りくれば風になりたる母と思ふも

                       大塚陽子

  夜汽車っこさア帰るべし微かなるうす血の翳(かげ)り土を嗅ぎわけ

                    小嵐九八郎

*小嵐九八郎は、秋田県能代市出身の小説家、歌人。方言を大胆に取り入れた軽快な作風が特徴。上句は夜汽車に呼び掛けている風情だが、下句が不可解。

 

  子らが二人待ちゐるゆゑに家なりと雪の夜汽車に目瞑(めつむ)り思ふ

                       河野裕子

  野沢菜の青みが飯に沁みるころ汽車の廊下はゆらゆらと坂

                       吉川宏志

*汽車の中で野沢菜の入った駅弁をたべているようだ。汽車はたまたま坂を上っている。

 

  昏(く)れ方の電車より見き橋脚にうちあたり海へ帰りゆく水

                       田谷 鋭

  朝焼けの冬川の緋(ひ)をわたりゆく電車を乗せてとどろける橋

                      佐佐木幸綱

 

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橋脚

乗りもののうたー汽車、電車(2/5)

  トンネルを出でて漁村に汽車止りぬ窓近く聞くは郷里(ふるさと)の声

                       葛原 繁

  褐色の鉄橋をわたり汽車往けりどの窓も淡く河を感じて

                       前登志夫

  ふところに星一つ入れ眠りおり過ぎゆく遠き夜の汽車の音

                       石井利明

*上句は夢あるいは希望を抱いて汽車に乗っていることを暗示しているのだろう。

 

  汽車の厠にかがまむとして思ふかかるとき落命してはならぬぞ

                       二宮冬鳥

  冬枯れし野末の山は雪しぐれ吾が汽車やがてそこに行くなり

                       若山旅人

  ひた走る電車のなかを飛ぶ蠅(はへ)のおとの寂しさしぶくさみだれ

                       斎藤茂吉

  椅子一つ得れば忽ち居睡りにおちゆく民を電車に見出す

                       太田青丘

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トンネル

乗りもののうたー汽車、電車(1/5)

 汽車とは、蒸気機関車で客車や貨車を引いて軌道を走る列車のこと。幕末から明治初年は火車,岡蒸気,蒸気車などと呼んだ。

 

  汽車の音の走り過ぎたる垣の外(と)の萌ゆる木末(こぬれ)に煙うづまく

                       正岡子規

  何となく汽車に乗りたく思ひしのみ汽車を下(お)りしにゆくところなし

                       石川啄木

  浜名湖に汽車かかれりと思へども水の湛へを見む心なし

                       杉浦翠子

  網走の海こえて山の雪見ゆる汽車にねむりて眼をさましたり

                       五味保儀

  とどろきて汽車鉄橋を過ぎゐればその深き谿(たに)に咲く花も見ぬ

                      前川佐美雄

  いたく静かに兵載せし汽車は過ぎ行けりこの思ひわが何と言はむかも

                       柴生田稔

*召集された兵士たちが、基地あるいは戦地に向かうために汽車に乗っている情景だろう。下句の思いは読者に共感をよぶ。

 

  東京は再(また)いつ見んといふ妻よあはれ夜の汽車に落ちのびんとす

                       木俣 修

*夫婦で戦火を逃れて東京を離れたのであろう。その後、妻と長男に先立たれた。

 

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汽車

乗りもののうたー自動車(4/4)

  視界なき吹雪を衝きてひたすらに家路急げり人もくるまも

                       砂田武治

  わが母のひとりのときの顔を見し擦れ違いたる車の中に

                      中川佐和子

  自動車の横転したるうらがはは数かぎりなき管(くだ)がからめる

                       大辻隆弘

  廃車の上に廃車を抛げてすさまじきうす暗がりをつくりをり人は

                       竹山 広

  駐車場の車おのおの発光しいにしへびとの知らざるひかり

                      五十嵐裕子

*「いにしへびと」とは、作者のことを暗示しているのだろう。古い人間である自分には、見たこともないような光景であった、と。

 

  待ちに待ちて新車届く日我が夫は少年の如く口笛をふく

                       鈴木栄子

  ワゴン車に家族八人軽業師音楽師などゐて一座のごとし

                      春日いづみ

*結句は「一座のごとし」でなく、「一座をなせり」がよいのでは?

 

  パトカーに追われて走る車より少女の白き腕風を呼ぶ

                       川口常孝

*少女は助けを求めているのか、それともパトカーをからかっているのか、下句からは読み取れない。

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駐車場