天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

歌人を詠むー西行(1/2)

  朽葉いくつしづむ清水を手にむすぶ花(はな)狂人(くるひびと)ここに

  命やしなひき              上田三四二

 

  西上人(さいしやうにん)の御霊(みたま)つつむと春ごとに花散りかかる

  その墓のうへ               安田章生

 

  真に偉大であった者なく三月の花西行を忘れつつ咲く

                       三枝昂之

  西行の桜の散れるころと思ふ志賀の桜も麗らかにして

                     国崎望久太郎

  弦月の旅のひと夜に思ふらく猛き西行痩骨芭蕉

                       對馬恵子

  金雀枝(えにしだ)縦横無尽に吹かれ西行が持ちかへりける砂金三萬両

                       塚本邦雄

  頑丈なる体さびしみ旅を行く西行法師の笑わぬ一生

                      佐佐木幸綱

  夢の中に夢見る如きかなしみか、西行が見る佐藤義(のり)清(きよ)

                      佐佐木幸綱

  西上人長明大人の山ごもりいかなりけむ年のゆふべに思ふ

                      佐佐木信綱

  願ひおきて死にし西行の墳(つか)おほふ春の木(き)草(ぐさ)の

  こんもりと青し              十鳥敏夫

 

  吉野にはなど死なざりし西行と問ふわが胸に月昇りけり

                       水原紫苑

  湧き上がる春の白雲 能因も釈阿も西行も入道なりき

                       栗木京子

 

西行の墓

 

洋楽器を詠むーオルガン

  くさむらの廃棄オルガン鳴らしおり息ふきかえせとわが鳴らしおり

                    波汐國芳

  オルガンのペダルは熊の舌のようふめふめふゆのあらしあまつぶ

                    加藤治郎

  オルガンの音澄明に深く弾く石工(いしく)のごとき節くれし手が

                   岡部桂一郎

  校庭にゆるく鳴りたるオルガンのファの狂いしを生きて来しかも

                    佐伯裕子

  草原に母のオルガンきこゆなりカノンやさしく誰かうたへる

                    榎 幸子

 

オルガン

洋楽器を詠むーピアノ(2/2)

  蔽はれしピアノのかたち運ばれてゆけり銀杏のみどり擦りつつ

                    小野茂

  ピアノ弾く爪先点れるごとく見ゆ黒きアメリカ人の左手

                   阿久津 英

  カーテンのすこしふくらむときのまを凍ったピアノにあさの陽はさす

                    加藤治郎

  見えてゐる世界はつねに連弾のひとりを欠いたピアノと思へ

                    荻原裕幸

  鍵盤に指をあつめておりてゆくピアノとふ年月の深井戸を

                   河野美砂子

 

ピアノ

洋楽器を詠むーピアノ(1/2)

  洋館(やうかん)の椿(つばき)をゆする疾(はや)ち風ピアノ鳴りつつ

  弾(だん)音(おん)はやし        中村憲吉

 

  部屋のうちに洋琴の弾音ちらばれば遊蝶花(パンジー)揺るるごときむらさき

                    筏井嘉一

  ピアノの音棲みみて高まりゆくときに菜種咲く野をわれは思へり

                   柴生田 稔

  革命歌作詞家に倚りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ

                    塚本邦雄

  魂のふかきをののき聴くごとくこの一瞬をピアノの音ひそまる

                    石川恭子

 

ピアノ

和楽器を詠むー三味線

 永禄年間に琉球の蛇皮線が大阪の境に輸入され琵琶法師が改造したとされる。

 

  松楓昼しづかなる庭の奥にこは清元の三味のね聞ゆ

                    正岡子規

  雪の夜も稽古の人はやすまぬか三味線を弾く崖下の家

                     岡 麓

  雪国のお酌は悲しほそぼそと音譜たよりに三味線をひく

                    内藤 濯

  三味線の音もにはかに掻きくもり夕立すなり梅吉の家

                    吉井 勇

  三味線と笛とが鳴りて川下りしている舟の中より聞こゆ

                    浜田康敬

  おのづから直身(ひたみ)洗はれゆく時間合奏三味線雨降るごとし

                    三田 博

 

三味線

和楽器を詠むー太鼓

 太鼓は奈良時代雅楽とともに渡来した。

 

  この寺の時の太鼓は磯の浪おきしだいにぞ打つといふなる

                       足利義輝

  小夜ふけて角の芝居の果太鼓かなしく水にひびき来るとき

                       吉井 勇

  祭屋台の傍(そひ)ゆくとき不意に楽高まりあはれ日本の笛・太鼓

                       田谷 鋭

  秋の夜のハリ戸を叩く冷雨冴え後(のち)シテをまつ野守の太鼓

                      馬場あき子

  日本の太鼓の醍醐味打ち響(とよ)む所作・見得・閑寂(しじま)うたぬことよき

                       岩田 正

  うつうつと性の太鼓のしのび打ち人生がもし祭りならば

                       岡井 隆

  太鼓うちつついつしかにうたれいる太鼓ぞわれはこの日も夜も

                       田井安曇

  笛太鼓背にし聞きつつ限りなくとほき別れのごとき思ひぞ

                       島田修二

 

太鼓

和楽器を詠むー鼓

  時(とき)守(もり)の打ち鳴(な)す鼓数(よ)み見れば時にはなりぬ会はなくも怪(あや)し

                    万葉集・作者未詳

  高尾寺あはれなりけるつとめかなやすらひ花と鼓うつなり

                          西行

  神遊びきけばほのけし追い鳥の声の風なす鼓打つなり

                       馬場あき子

  小鼓の胴は桜の蒔絵にてプホプホポポと打てば魚啼く

                       馬場あき子

  月にうつ大城の鼓しばしまてくだちゆく夜を誰かをしまぬ

                        加納諸平

  落ちてゐる鼓を雛に持たせては長きしづけさにゐる思ひせり

                       初井しづ枝