表記の魅力
短歌の作り方として、最近注目しているものに知の抒情というべき方法がある。
読者の知的好奇心に訴えて情をのべる方法である。特に漢字の成り立ちへの興味がある。
現代歌人では、塚本邦雄、小池光の歌によく見られる。近代歌人では例が少ないが、
次の土屋文明の歌をあげておこう。
馬と驢と騾との別を聞き知りて驢来り騾来り馬来り騾と驢
と来る 土屋文明
深更は瞼にゑがく「鮟鱇」の旁(つくり)のあはれ 春ちかき
かな 塚本邦雄
髭・鬚・髯この美しきくさむらの主が死を懸けたる戀ありき
塚本邦雄
右左(みぎひだり)対象文字の例として木口小平は記憶せらる
べし 小池 光
女の眉が媚(こび)にて女の鼻が嬶(かかあ) 女の口はわら
へる如し 小池 光
それで、参考になればと、白川静「文字遊心」(平凡社ライブラリ) を買って読み始めた。そして次の第一首を作ってみた。
狂言(たはごと)か逆言(およづれごと)か暗闇にわれは
叫びて妻を起たしむ
万葉集(一四0八)にでてくる、
狂言か逆言か隠口(こもりく)の泊瀬の山に廬(いほり)
せりと云ふ
の本歌取りのつもりである。