天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

牧水と古典和歌

島内景二さんは、とかってに一方的に親しげに呼ばせてもらうが、わが尊敬やまざる国文学者にして歌人である。きっかけは、『短歌研究』に連載されていた「楽しみながら学ぶ作歌文法」に惹かれ、本(上下)の刊行を待ちかねて購入し、丁寧に全ページを読んで、惚れ込んでしまった。
 その島内さんが、若山牧水の歌における万葉集伊勢物語古今集源氏物語新古今集などからの言葉を分析していて(『短歌現代』平成十七年三月号)、またまた感激してしまった。古典をしっかり身につけていると、近現代の歌人の歌を見れば、たちどころに影響の有無を感じてしまうというところに、である。
 二例だけをあげておく。


 病む母をなぐさめかねつあけくれの庭や掃くらむ
 ふるさとの父                牧水
 わが心なぐさめかねつさらしなや姨捨山に照る月をみて
                      古今集


 死は見ゆれど手には取られず、をちかたに浪のごとくに
 輝きてあり                 牧水
 ありと見て手には取られず見ればまたゆくへも知らず
 消えし蜻蛉                源氏物語