天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鴫立沢

鴫立庵

 医院で月例の薬の処方を待っている間、蕪村句集を読んでいたら、次の句に出会った。
     あちらむきに鴫も立たり秋の暮

言わずと知れた西行の名歌「こころなき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮」を本歌とする。気になるのは「鴫も」の「も」である。鴫以外にあちらむきに立っている者がいたのだ。それは西行、と画家でもある蕪村はいうはず。で、今日は鴫立沢に行くことに決めた。なんともわが行動原理は単純明快である。
 大磯駅から少し歩いて高麗山公園に入り、揚谷寺谷戸横穴群、湘南平と歩き、善兵衛池の辺に降りて島崎藤村旧居から鴫立沢へつまり鴫立庵へ廻る。善兵衛池についてふれておこう。善兵衛という人がいて、荒地に用水池をつくり良田を開いた。その功績により苗字帯刀を許された。今も池のほとりに子孫が住む。島崎藤村旧居では、たまたま案内の女性がいていろいろ教えてくれた。時に声をひそめて。


     あぢさゐや青竹やぶに水の音
     十薬や曾我十郎の硯水
     善兵衛に白銀五枚みづすまし
     仙人掌の黄の花うれし梅雨の門
     藤村の終焉の部屋風すずし
     実梅垂る鴫立庵を開け放ち
     胸青き鳩がきて啼く夏の朝
     歌碑句碑と墓碑もありけり夏木立
     藤村が後妻と眠る実梅かな
     紫陽花やむすび食べつつ電車待つ


  血を採りてその場で測る血糖値基準値はるか越えてさゆらぐ
  くらぐらと谷戸に口開く横穴はいにしへ人の黄泉の入口
  大磯の万田太鼓の愛好会湘南平の森にひびかふ
  潅漑の池を拓きて許されし苗字帯刀三好善兵衛
  善兵衛の子孫住むらし池の辺に三好の姓の名札かかれる
  地福寺の裏手の崖を気に入りて墓地と定めし島崎藤村
  後妻とは子をなさざれど墓ならべ共に眠れる地福寺の庭
  女子高生電車を待ちてむすび食ぶ駅のホームにあぢさゐの風