天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

茂吉と鼠

歌集『暁紅』

 茂吉の歌集『暁紅』を持ち歩いて読んだ。ひとつ顕著な特徴は、茂吉に迷惑をかける家ダニ、蚊や鼠を、人間に対すると同じようなもの言いで歌にしたこと。


蚤ひとつ捉ふるにも力をそそげりとわれ若しいはば
罵られむか                『小園』         
家だにに苦しめられしこと思へば家だにとわれは
戦ひをしぬ                『暁紅』            
辛うじて二つ捕へし家ダニを死刑囚の如く吾は見て居り
                     『暁紅』


鼠の歌については、塚本邦雄が『茂吉秀歌』で取り上げている。殊に『暁紅』期に多いという。実際に調べると以下の6首が載っていた。


  鼠等を毒殺せむとけふ一夜心楽しみわれは寝にけり
                     『暁紅』
  壁のなかに鼠の兒らの育つをば日ごと夜ごとにわれにく悪みけり
                     『暁紅』
  わが籠る机のまへの壁ぬちに鼠つつしむことさへもなし
                     『暁紅』
  よしゑやし鼠ひとつを殺してもわれの心は慰むべきに
                     『暁紅』
  殺鼠剤撒きちらしたる山ゆきぬ数萬の鼠移動したれば
                     『暁紅』
  金網のひびききらひて鼠らが逃げゆくなどと誰かいひたる
                     『暁紅』


全歌集について、鼠の歌をあげてみようと思っているのだが、いつのことになるか。


  天井に鼠の走る音きけば紙のたぐひを運べるらしも
                     『石泉』
  金網を張りめぐらしていましめし天井うらに鼠入り居り
                     『寒雲』
  鼠の巣片づけながらいふこゑは「ああそれなのにそれなのにねえ」
                     『寒雲』
  かくのごとくナショナルリードルをおもひいづ野の鼠の苦
  家の鼠の苦              『つきかげ』


ちなみに、鰻の歌については全歌集を調べた。それは別に機会に紹介しよう。