源氏物語の千年(2)
実を言うと、源氏物語は好きでない。円地文子訳を初版発行の当初から購入して読み始めたのだが、どの巻も相変わらずの色恋物語。いいかげんにしろ、と言いたくなって読むのをやめてしまった。高校の古文でも源氏物語を勉強したのだが、主語が明確でない文章が多いので、解釈に苦しんだ覚えがある。与謝野晶子らの現代語訳にも誤りがあるという。源氏物語の文章は、「名文」どころか「悪文」との評価もある。
和歌を詠む歌人にとっては、「源氏物語」は必須であった。現代歌人では、塚本邦雄がまともに取り組んでいた。『源氏五十四帖題詠』を見ればわかる。各帖の冒頭に塚本の題詠をあげ、続いてその帖に関するエッセイを書くという構成である。諸芸や儀礼に関する豊富な知識、調査結果が披瀝されている。
さて塚本は、源氏一帖ごとに一首の題詠を作っているので、全部で54首ある。こうした題詠は、塚本ほどあからさまではないが、新古今時代の流行であった。例をあげよう。
「明石」の帖から。
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮
藤原定家
これはあまりに有名である。対して塚本は、次のように詠む。
ともしびの明石に泊(は)てて聴く琵琶の音(ね)ぞ沈みゆく
夜のわたつみ 塚本邦雄
同様に「夢浮橋」の帖から。
春の夜の夢のうきはしとだえして嶺に別るるよこぐも
のそら 藤原定家
夢よ夢ゆめのまたゆめなかぞらに絶えたる橋も虹の
かけはし 塚本邦雄