湖底に沈む(2)
盆や年の暮になるとダム湖を訪ねてみたくなる。湖底に沈んだ村の人々の望郷の念に共鳴するからである。2008年の暮もまた神奈川県清川村の宮ケ瀬を訪ねた。宮ヶ瀬ダムは、清川村、相模原市、愛川町にまたがる中津川上流部に建設された多目的ダムである。昭和44年のダム計画発表以来31年をかけて平成12年12月に完成した。とてつもない年月である。
望郷の碑
愛しき宮ケ瀬の里
静かに湖底に眠る
ともに未来を
望みて
湖岸に立つ
神奈川県知事
長洲一二題
今までにも紹介したことがあるはずだが、来るたびに読む石碑である。宮ケ瀬湖の周辺には、観光客を呼ぶために公園、ビジターセンター、音楽堂、遊覧船、みやげ店などがある。クリスマスや正月の夜には、樹木やつり橋にLEDの明りが点される。「水の郷大つり橋」の塔柱間の長さは315mある。
年の瀬のつり橋わたる朝日かな
宮ケ瀬の里は湖底に山眠る
望郷は湖の底なる師走かな
山々や枯木の色のあたたかき
川沿ひに人家はありて村なせりダムを造らば湖底に沈む
年の瀬の清川村は川沿ひの枯木の山を朝日が照らす
青白き空を映せる湖の狭まる奥にダムの水門
宮ケ瀬の湖の水門閉ざしたり白くそびゆるダムの胸壁
年の瀬の朝日が照らす宮ケ瀬は戸の閉まりたるおみやげの店
仏果山、高取山をまなかひに水たたへたる宮ケ瀬の湖
県知事の詩(うた)に記せる望郷は湖の底なる宮ケ瀬の里
望郷の碑に名をつらぬ湖の底に沈みし地区の人々
枯草の芝生にあそぶ宮ケ瀬の師走の風の中の鶺鴒
思ひがけず風あたたかき年の瀬の二十九日をつり橋に立つ
つり橋を渡りてしのぶ湖の底に沈みし宮ケ瀬の里
一時間に一本のバス待つ我の前に出でたりひとつ風船
丹沢の山にいく夜か明かしけむバスに乗りくる二人髭面