わが歌集からー樹木(2/11)
張り出だす根のたくましき辛夷の木風に光れる和毛(にこげ)の蕾
硫黄ガスにはかに臭ふ冬木立ヒメシャラ赤き肌をさらせる
弥生いまだ寒き日あるを待ちきれず長興山の桜訪ひにき
誰か言ふ枝垂桜はタランチュラ白き毛深き手足張りたる
くれなゐの蕾ふくらむ桜木のほてり鎮めよ山の夕霧
姫沙羅の銅色(あかがねいろ)の肌を撫で嗚呼何故ここに立つと問ふ人
熱帯の森のそよぎに飛び立てりアルソミトラの種が空ゆく
彼我の兵たふれしといふ司令部の塹壕跡にガジュマル立てり
水澄める湖(うみ)を覗けばその昔湖底にありし街道の木々
葉を落とし白骨化せる高木のあまた立つ見ゆ相模の山に
鬱々とヒバの林の暗ければ秋寂しめる鳥影も見ず
ポトマック河畔の桜里帰り外人墓地の春は華やぐ
空洞の幹になれども長らふる巨木の命樹皮が支ふる
わが生を引継ぎゆかばこの身体根に与へむか樅の大木
日の差さぬ部屋のガジュマル褪せたれば鉢の客土に挿す栄養剤
日当たりに伸びて日蔭の根を枯らすソクラテス・エクソ・リサは歩く樹
誰が骨を埋めしならむ墓石の散らばる山に木の根現はる
赤松のねぢれねぢれし幹見ればそを揺さぶりし寒風を思ふ
葉桜のそよりともせぬ空なればわが後頭部を日が熱くする
切り取られ土に埋もれし仏塔を根に抱へ出づ大樹となりて
高麗山(こまやま)に木の白骨の立ちたれば石の鳥居をしみじみくぐる
切り取られ土に埋もれし仏頭を根に抱へ出づ大樹となりて
若竹の葉群に生るる黄金の光たふとし長谷寺の風
幼子の拳が握る朱き実を思へばたのし辛夷の若葉
曇り日のここは明るき黄葉の欅広場に子ら飯を食む
岩壁の赤きロープに取りつける人影ひとつ山紅葉照る
借金を返し終はりて家古りぬ香菓(かぐのこのみ)の輝ける庭
ポリ容器結びつけたり大山の樅の木立に降る酸性雨
地にかかる篠竹を頭に押し分けて幕山(まくやま)下る雪の林道
桜木の枝に積もれる一夜雪朝の光のぬくときに落つ