天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

湖底に沈む(1)

宮ケ瀬ダム

 都市の飲料水を確保するために、あるいは豪雨のたびに氾濫する下流の町村を救援するために、川の上流にダムが作られる。ダムが建設されるとその周辺の村々は湖底に沈むことになるので、そこの人々の生活と将来が奪われる。当然反対運動が起きる。政治的な決着が図られるのだが、解決までは長い年月を要する。湖底に沈んだ村の人々は、望郷の念止み難く、盆などには湖畔を訪れ昔をしのぶという。
 東京の奥多摩小河内ダムが建設されることに反対した東京府西多摩郡河内村山梨県北都留郡丹波山村の村民に和して、北原白秋は慟哭の歌を詠んだ。歌集『渓流唱』(昭和十八年刊)の「小河内三部唱」(「山河哀傷吟」「山河愛惜吟」「厳冬一夜吟」)がそれである。
例歌をいくつかあげておく。


  物のほろび早や感ずらし夜のくだち狢(むじな)がどちも
  声をこそのめ
  山川を愛しと思へばかくのみに遠(とほ)の祖先(みおや)の
  声ひびくがに
  日の光雲にこほしき向ひ崖稗ほどの黍を植ゑて食みにけり
  乏しくも足りてこそあれ山人はただにつかへむ山河にのみ
  神むすぶふかき夜霜の今聴けば声無かりけり置きにたるらし
  時来り滅びむ里は人守らず何ぞ時あらむ早やほろびたり
  莚(むしろ)旗(ばた)巻きつつ朝(あした)来し路をまた
  のぼるなり日暮寒きに
  野に満ちて朝霜しろき玻璃のそとあな清(さや)けいまは筆
  は擱くべし

  
なお、ダム建設を詠んだものとして、次の歌が珍しい。
  拡声器崖の上より叫びおり白々と寒しダム建設コンクリート
  壁(へき)                  武川忠一