天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鑑賞の文学―詩 篇(6)―

岩波文庫版

 島崎藤村の「初恋」は、日本浪漫派の代表的な詩集『若菜集』にある七五調の四連詩である。よく知られた初めの一連を次に引く。


  まだあげ初めし前髪の
  林檎のもとに見えしとき
  前にさしたる花櫛の
  花ある君と思ひけり


ここまで読むと、同じ七五調の大伴家持の和歌を引き合いに出したくなる。二首あげよう。


  春の苑くれなゐにほふ桃の花した照る道に出で立つ乙女
  もののふの八十娘子(やそをとめ)らが汲みまがふ寺井の
  上のかたかごの花


家持の歌では、乙女に寄せる思いが若々しい品のある抒情になっている。一方、藤村の場合、なんとも執着心が感じられる抒情である。二連以下を読むと老練ささえ感じる。第二連のみあげておく。


  やさしく白き手をのべて
  林檎をわれにあたへしは
  薄紅の秋の実に
  人こひ初めしはじめなり