天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

紅葉狩―湯河原―

湯河原・文学の小径にて

 湯河原の万葉公園も紅葉の名所といってよい。渓谷沿いの道を歩けば堪能できる。「文学の小径」と名づけられた道には、多くの文学者のさまざまの詩歌(俳句、短歌、漢詩、詩など)が書かれた札が、間隔をおいて立てられている。与謝野晶子夫妻や国木田独歩の立派な石碑などもある。公園の一番奥に「独歩の湯」があり、「喜の泉」「脈胃の泉」「思考の泉」「腸鼻の泉」「平静の泉」「皮口の泉」「腓骨の泉」といった七つの足湯をめぐることができる。朝日の渓谷をたどると気分爽快である。
 奥湯河原の不動滝にも行ってみた。滝川の地下には湯の源泉があるらしく鉄パイプから湯気が洩れていた。


     廃屋や垣根を覆ふ蔦もみぢ
     光満つ銀杏もみぢの総本山
     渓川の瀬音清しき紅葉かな
     漱石漢詩見てゐる冬日
     紅葉の舞ひ散りくるや独歩の湯
     紅葉の木々を見廻す足湯かな
     足湯してもみぢ眺むる朝かな
     竹林の青きを透ける紅葉かな
     紅葉の谷に湯けむり滝の音
     湯けむりの谷より仰ぐ紅葉かな
     冬の陽や油照りする相模湾
     ひつまぶし子の御歳暮に舌鼓


  西方に手合はす一遍上人像大き銀杏は黄葉したり
  一六五本の源泉井戸ありて人々つどふ湯河原の宿
  手拭を頭にのせて身体伸べ紅葉眺むる湯けむりの中
  湯上りの身体覚まさむどてら着てもみぢ見上ぐる朝の散策
  文学の小径といひてさまざまの詩歌記せる札あまた立つ
  文学の小径に沿へる渓川の瀬音にいこふ湯河原の朝
  ぶおーぶおーともみぢ落葉を吹き払ふ掃除人あり朝の公園
  さまざまの効き目あるらし湯だまりをめぐりて浸る足湯なりけり


湯河原温泉の天野屋旅館に滞在した夏目漱石が、旅館の主人に乞われて揮毫した次の五言絶句の漢詩が、立て札に紹介されている。

     机上蕉堅稿 門前碧玉竿
     喫茶三怨後 雲影入窓寒
読み下し文にすると、
   机上に蕉堅稿あり 門前に碧玉竿あり
   喫茶三怨の後 雲影窓に入って寒し
註釈すると
 「蕉堅稿」: 室町時代の高僧・絶海中津の漢詩
 「碧玉竿」: 美しい緑の竹
 「喫茶三怨」: 茶を三杯飲む
なお、天野屋旅館は小説「明暗」の舞台となったところでもあったが、2005年に閉鎖された。