天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

下田の吉田松陰(2/3)

窪田空穂の歌碑

 柿崎の弁天島には、歌人の窪田空穂が大正九年秋に訪れ、踏海の壮図を偲び歌を詠んだ。次の五首で、歌集『青水沫』に載っている。「心燃ゆるものありて」の歌は碑になっている。また他の四首は弁天堂の板戸に墨書されている。


  柿崎の磯に寄りくる白波の消ゆとし見ればつぎて寄り来る
  弁天堂ふりても立ちぬ寄る波の磯もとゆすりくだくるうへに
  磯ざきの弁天堂をかしこみてのぞき我が見ぬ小暗きうちを
  日本の長門の 矩方こころざし遂げむとひそみしこの古み堂
  心燃ゆるものありて踏む夕波の寄り来て白き 柿崎の浜


なお、柿崎では松陰の歌として、以下の二首が紹介されていた。
  世の人はよしあし事もいはばいへ賤が誠は神ぞ知るらん
これは、「踏海の朝」の銅像(平成2年作)下方の説明板に、下田平滑(ひらなめ)獄中の歌、とある。
  道守る人も時には埋もれどもみちしたゑねばあらはれもせむ
これは、三島神社の松陰像(昭和17年作)の下にある。ちなみにこの像は、戦時中に作られたため、銅製ではなくコンクリート製。