わが歌集からー旅(7/7)
伊豆下田行 八首
台風の去りし天空はれわたり海岸沿ひに「踊り子」走る
松陰が泊りし島の弁天堂板戸に四首空穂の歌が
「踏海の朝」の銅像見上ぐればさはやかなりき初夏の風
黒船の将兵たちに食はさむと牛をつなぎし屠殺の木あり
松陰が自首して捕らへられし獄鉄格子のみ今に残りて
大刀を両手につきて沖を見る昭和十七年作松陰の像
のぼり来て寝姿山に見わたせり下田みなとの海の静寂
松陰の路銀はいかにと案じゐる岬の山の東急ホテル
虹の里と湯ヶ島 七首
しやうぶ田を囲む電線あらはなり虹の郷には猪(しし)出づるらし
右手には風早峠バスに行く湯ヶ島温泉ほたる飛ぶ里
浄蓮の滝よりきたる濃みどりの水の流れを眼下にしたり
樹齢千二百年の巨木といふ伐りてくり抜き湯船となせり
湯ヶ島の巨木巨石の露天風呂夫婦わかれて浸りけるかも
狩野川の鮎解禁の日に遇ひて小ぶりの鮎の塩焼きを食ぶ
軽井沢 七首
木洩れ陽の林ゆたけき軽井沢別荘もてる人をうらやむ
万葉の二首を刻める歌碑立てり碓氷峠の見晴台に
*万葉の二首とは次のもの。
「日の暮れに 碓氷の山を 越ゆる日は 夫なのが袖も さやに振らしつ」
「ひなくもり 碓氷の坂を 越えしだに 妹が恋しく 忘らえぬかも」
水墨の滝、崖の絵に魅せられて千住博の思ひ伝はる
水のみを描ける瀧の水墨画床にひろがる水しぶき視る
自在なる筆のさばきの水墨画水のみ描きて大瀧かかる
壁一面大瀧の絵がかかりたり床に流るる幻の水