歌集『思川の岸辺』(4)
次の注目点は、ひらがな表記の工夫が従来に増して目立つことである。和歌の雅さを感じる。近代以降の短歌では、ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字、記号など組合せ表記が可能であるだけに、シンプルなひらがな表記の特徴がよく現れる。
さざんくわのゆふべの花に手をおけばおもひもかけず
しめりて居たり
姉いもうと仲良きことをよろこびて父親われに涙はわきぬ
そらいろのシラーの花の下かげよりことしはじめて
カナヘビ出でつ
こすもすの畑もとうに枯れはててくる白雪を待てるしづけさ
ふたつのみことし生りたるくわりんの実ひとつが落ちて
われは拾へり
どうしても思ひ出せない人の名をおもひだしたるときの
うれしさ
いちれつにななつ実ならぶほほづきもきみがみたまに捧ぐ
とおもへ
雨吸つておもたくなりしあぢさゐは右にひだりにかたむきにけり
いちにちをきよらにあれと願へれどすでにたばこを吸ひて
しまへり
ふみあとのかすかになりしいつぽんの道つづきゐてわれは
ゆくべし
秋天にやまばとのこゑひびくときおもかげたちて恋しかりけり