月のうた(11)
岡部桂一郎の歌では「ふところ」の解釈がポイントである。山懐(山々に囲まれた奥深い土地)と解したい。大西民子の歌は、よんどころない事情で夫と別れた彼女の生活において、「狂ってしまった方がはるかに幸せだ」と思う日々があったことを想像させる。安永蕗子は、藍色に深い思い入れがある。海の潮の藍色は手近に触れてみることができるが、月中に見える藍には、近づきようもない、と詠う。
月青き夜はおだやかに明るべしわれも眠らむ短き時を
小島 清
ふところより出でたる月は針金のごときタワーの
てっぺんにして 岡部桂一郎
緊張のきはみの声の悲しげにアポロ飛行士いま月を発つ
菊地原芙二子
まろまろと昇る月見てもどり来ぬ狂ふことなく生くるも悲劇
大西民子
藍はわが想ひの潮(うしほ)さしのぼる月中の藍とふべくもなし
安永蕗子
月冷えて桐の林におつる刻水の流るるごとき花の香
久保田フミエ