風の詩情(13)
風の俳句には、和歌を本歌にしたものがかなりある。最も有名な本歌は次の和歌。
秋立つ日、よめる
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ
おどろかれぬる 藤原敏行『古今集』
藤原敏行は、平安時代前期の歌人・書家・貴族。三十六歌仙の一人。
この歌を本歌とした俳句の例を次にあげる。芭蕉句は、本歌の心を具体的な情景として表現した。
あかあかと日はつれなくも秋の風 芭蕉
秋立つや何におどろく陰陽師 蕪村
唐きびのおどろき安し秋の風
おどろきし風さへなくて枯尾花
秋たつや川瀬にまじる風の音 飯田蛇笏
次の有名歌も俳句の本歌になった。続けて俳句をあげる。
人すまぬ不破の関屋の板びさし荒れにしのちはただ秋の風
藤原良経『新古今集』
秋風や薮も畠も不破の関 芭蕉
凩や小石のこける板びさし 蕪村
芭蕉にせよ蕪村にせよ漢詩や古典文学に拠った俳句は多い。しかしここでは、和歌を本歌とした例のみを追加しておく。
頼むかなその名も知らぬ深山木に知る人得たる松と杉とを
藤原定家『拾遺愚草』
松杉をほめてや風のかをる音 芭蕉
采女の袖吹き返すあすか風都を遠みいたずらにふく
志貴皇子『万葉集』
河内路や東風吹送る巫女の袖 蕪村
風そよぐ楢の小川の夕暮れはみそぎぞ夏のしるしなりけり
藤原家隆『新勅撰集』
ゆふがほに秋風そよぐ御祓河 蕪村