天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

歌集『窓は閉めたままで』(2/4)

 ここでは紺野裕子さんの短歌を心地よく読ませる韻律の技法を作品例と共に紹介しよう。紺野さんの歌には破調は少ない。典型は次の歌に見られる。

  青木ガ原樹海あかるし傘をうつまばらの雨のおとも止みたり

この歌は次のように、母音「ア」の分布・リフレインに支配されて、全体が明るい印象になっている。
  「アxxアアア xアxアアxx アアxxx アアアxアxx xxxアxアx」


2.韻律
 □オノマトペ 
  揚げたての天ぷら旨しとりわけてけふの下仁田葱のあつあつ
  勢ひあまり落馬おきたりおおおッとどよめくなかにわれも背伸びす
  羽化したる蝉の片羽ひらかねばじわじわ蟻に囲まるる見つ
  ぐづぐづの不如意を照らしきさらぎの街はあかるむ 遊ばな人よ
  捉はれてべきべきべきとわれは在る外水道に雑巾乾く
  ひと針ごと糸をきしきし肘に締むこともあらなく縁(へり)を縫ひゆく
  オノマトペにこの子はじけて笑ひたりタタッツツタタッツツ列車は走る
  伐られたるさくらの香りほよほよと洞の木屑は舞ひあがりたり
 □リフレイン(母音・子音・言葉)  
  カタクリのするどく反れる花を愛づ日の当たるみち泥濘のみち
  仮の仮・・・・・各戸の庭が一番目の仮置き場なり汚染土埋む
  たまはりしカサブランカに蕾五つひと夜をかけてひとつひらきぬ
  いく筋も汗のしたたる音ならむ音に打たれて地上へむかふ
  ほんたうにひろしまかここ街の音絶えたりし朝の土の上ここ
  全身で拍手をおくる君へきみへきみへ聴く歓びはさらにも深く
  ほがらかに小池小池と言ひたりき聞かせてよまたほがらその声
  残されしのむらたむらの野村さんが柩を追へるそのうしろ見つ
  家畜にはあらずペットにもあらず生きのびた牛草食むをみる
 □破調(句跨り・語割れなど)
  沖へ沖へながされてゆく寄棟造りまなそこに在り得忘れず
  わかき日の逸話よみがへらせて凪ぐこころありけりネギ刻みつつ
  側溝をひざ折りながら点検する人がゐて午後二時の炎天