天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

歌集『窓は閉めたままで』(3/4)

小池 光さんの帯文

 短歌は読んだ時の音・韻律といった聴覚の面に左右されるだけでなく、字づら・表記から受ける視覚効果にも大きく左右される。短歌というと大和言葉が中心になり、外来語やカタカナ言葉は少ない、という印象を持ちやすいが、紺野裕子さんのこの歌集では、現代短歌としても外来語やカタカナ言葉がふんだんに現れる(21%)。それが読者には全く気にならない。また固有名詞の魅力も指摘しておきたい。先ず典型を一首あげておく。
  男鹿半島の縁(ふち)をゆきつつナホトカの方角をきけば
  目をこらしたり


3.表記
□ひらがな表記の魅力・効果  
  ふみきりの多き線路の柵に沿ひひめぢよをんあざみねぢばなあふひ
  レジ袋にみづ汲みあそぶ幼な子のまはだかにさすなつのひかりは
  その体をわづかにおほひ湖岸ゆくこひびとたちは声を絡めて
  みみなぐさとらのをふうろきんぽうげいちどきに咲く岸辺をあるく
□固有名詞の魅力 
  六万騎山の木立にカタクリの花ひくく咲く群落はあり
  わらふ声はよく徹りたりみちのくの信夫文知摺り歌碑をかこみぬ
  ねむる子の手より落ちたるテディ・ベア拾ひあぐれば二年が過ぎつ
  パウル・クレーの生涯の絵を見たる目に沁みて青かりきベルンの雪は
  クイビシェフ重機械工場敷地内に日本人捕虜の収容所ありき
 □外国語・カタカナ語 
  除染後の半減したる数値さへICRP勧告を越ゆ
  明けぐれか日暮れなりしかブラインドをとほる光が壁に伸びゐき
  仕事終へニッカボッカを立ちながらたたむ一人は作業車の横
  アンダンテ・カンタービレの歩みかなけふ章子怡(チヤン・ツイイー)
  の赤きパンプス


  都心なる旧浜離宮庭園チェンソーの音たかくひびかふ
  ヘルメットの下にのぞけるポニーテール速達一通手渡されたり
  幼な子の着てゐしシュミーズ焦げたるを展示ケースの中に見つけぬ
  古きフェリーに車三台乗りきたりプードル犬と赤児と蝶と
  白きチョゴリの人らが肩を抱きあふホテルロビーに日は差しきたり
□漢字の工夫 
  三つの社(やしろ)の神旗争奪戦の狼火(らうくわ)打ちあげられて
  空ひろらなり


  にはかにも降りだす雨のあかるさを一散走りに駅へむかひつ
  紙屋町西交差点をわたらむとすれば日照雨(そばへ)はきらきらとくる