歌集『窓は閉めたままで』(1/4)
紺野裕子さん(「短歌人」所属)の第三歌集『窓は閉めたままで』が、短歌研究社から発行された。全358首。清新で気持良く読みやすい。紺野さんは、福島県出身なので、東日本大震災における東電福島原発事故が故郷に及ぼした深刻な影響への憂いは深い。しかし政治や企業に対する怒りを執拗に詠うことはしない。歌集名は、放射能汚染された故郷を暗示している。
日常や旅行での見聞が詠われているのだが、一首一首に救われるような安堵感を覚える。
以下では、こうした読後感を与える要因を短歌技法の面から分析してみたい。
1.詩情
短歌に詩情をもたらす技法としては、擬人法、比喩、取合せ・転換 などの表現がある。それらを総合的に実現した作品を次にあげる。
八十七歳(はちじふしち)になりてはじまる母の介護 父の日記は雪の野をゆく
解釈としては、父が母の介護を始めたのが87歳になってから。それは雪の季節からであった、と。介護の様子を父は日記に書いていたのだ。下句は擬人法であり隠喩になっている。そして一字空けが絶妙な転換になっている。
他の例をいくつか紹介しよう。
□擬人法 現代歌人としては珍しいくらい例は少ない。
「夫婦にしかわからぬことだ」日日(にちにち)のくらしの隙に文字ふるへ立つ
□比喩 例を二首ずつあげる。
[直喩]
柩にはめがね外した田村よしてる嘘のやうにも眠りてをりぬ
あしうらを陽に差しだせば緘黙のモアイのごとしわが指ならぶ
[隠喩]
出前用のバイクはふかく傾けり さびしい夜の碇とおもふ
グランドピアノのながき岬の入り江にて汗をふく老いたバリトン歌手は
□取合せ・転換の妙
山林を背負ふかたちに在る家に避難先なきふたりの少女
ココナッツオイルなかなか飲みがたし紋白蝶はひかりひきゆく
夜の森のさくら裸木を見上げたりすれ違ひゆきし警察車両
□表現上の工夫(詩情の織り込み)
枝さきの朴の芽吹きの直立を撮らむとすればめがねを外す
ねむる子の手より落ちたるテディ・ベア拾ひあぐれば二年が過ぎつ
二楽章に終はる未完のシンフォニーふかき余白に丸めがね見ゆ