天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

歌集『窓は閉めたままで』(4/4)

 最後にこの歌集の作品を特徴づけている他の要因を考えてみたい。ひとつは短歌を奥ゆかしく感じさせる古典的語法である。現代語やカタカナの言葉に混じって古い言葉があると違和感よりも安心感がある。次にユーモアのセンスも重要。紺野さんは女性なので、女性らしい感性のユーモアに惹かれる。家族に関する詠い方も気になる。ご両親を相次いで亡くされた時期と重なった故か、父母を詠んだ作品が多い。わけても父への思いが濃く滲む。
 数は少ないが、解釈に迷う作品がいくつかある。最後にあげたような歌を読者諸氏はどのように読み解かれるであろうか。

4.その他
□古典的語法 
  霧の湧く岩のなだりに落葉松のとぼしき枝は風下にむく
  海洋へながれ止まざる汚染水と北のミサイルいづち脅威ぞ
  うすべりの藺草の匂ひたつときし生まれたてなるバッタが跳ねる
  不憫よと母を書きしにみづからの老いのはたてを生きをりし父
  しかすがに外国人居留地はととのひて華々しくも軍楽隊行く
 □ユーモア  
  いすの背にかけたセーター袖が伸ぶはるのゆふべは倒立をせむ
  枝さきの朴の芽吹きの直立を撮らむとすればめがねを外す
  食べ終へてとなりの皿の桃ひと切れひよいと盗める男かはゆし
  鰡の子のあくびか小(ち)さき水の輪がみなもに生れつ夏さりにけり
  笑みながら手をふる人は窓ガラス拭いてゐたのだ通りのむかう
  乗り降りは鼠、猪、鼬らか人棲めぬ町の小さな駅舎
 □家族の歌 
  不在なれば知らせ来ぬままちちははの家の除染は終はりてゐたり
  老いし夫婦のかたちつぶさに子らに見せ父母は逝きたり二年をおかず
  不憫よと母を書きしにみづからの老いのはたてを生きをりし父
  父の愛したふるさとの酒<大七>を来む年のため購ひにけり
  わが娘の入院の間をあづかれる五歳一歳ふたりの男(を)の子
  ザリガニを五匹釣つたと大き声あげてくる子にわれもかけ寄る
 □よく分らない歌・謎の歌 
  ヘルメットの下にのぞけるポニーテール速達一通手渡されたり
  嘶きは鋭くひびきわたくしに「ヒツウチ」表示を灯して止みぬ
  「福島をずつと見ているTV」はすなつぶのやうな懸命を見す
  手こずりて往復はがき仕上げたるゆふぐれとほく緋鯉と真鯉
  開けつぱなしのへやにとび入る蠅ひとつ出鱈目の線かけば出でゆく


 紺野裕子さんの歌集『窓は閉めたままで』は、現代短歌の清新な詠み方を開示しており、とりわけ短歌の初心者にお勧めしたい。