川のうた(9)
初めの三首は、川の流れる場所の状況を詠んでいる。川は密林の中や峡谷をえぐって流れる。人間が関係した場所は、虚しさを覚えさせるようだ。二首目は、二句で切れる。吉川宏志の初めの歌は、隠喩によるものだが、大変分りにくい。どんな喩を使ってもよいが、一読して読者にひらめくイメージをもたらすものでありたい。寺山の歌は二首とも、作者の状況をよく反映している。
蛇行する川のひかりに長く添う航(ゆ)きつつ昏るる密林の色
近藤芳美
川は黄に濁りみなぎる雨雲に峡のいずくも遅ざくら咲く
近藤芳美
一筋の川あをく澄む峡をゆき飢ゑにほろびし村の跡みゆ
岡野弘彦
いつか僕も文字だけになる その文字のなかに川あり草濡らす川
吉川宏志
河岸のだれも居ぬ火に近づけば火はうつぶせに燃えているなり
吉川宏志
われ在りと思ふはさむき橋桁に濁流の音うちあたるたび
寺山修司
やがて海へ出る夏の川あかるくてわれは映されながら沿いゆく
寺山修司