母を詠む(6/12)
秋草の花咲く道に別れしがとぼとぼと母は帰りゆくなり
岡野弘彦
石仏に似し母をすてて何なさむ道せまく繁る狐の剃刀
前登志夫
*狐の剃刀: ヒガンバナ科の多年生草本球根植物。盆の頃に花茎を 数十センチほど伸ばし、枝分かれした先にいくつかの花を咲かせる。
おろかなる母の日課よ朝々を父の写真の前に紅茶置く
佐佐木幸綱
急ぎ嫁(ゆ)くなと臨終(いまは)に吾に言ひましき如何にかなしき母なりしかも
富小路禎子
秋菜漬ける母のうしろの暗がりにハイネ売りきし手を垂れており
寺山修司
ひとよりもおくれて笑うわれの母 一本の樅の木に日があたる
寺山修司
売られたる夜の冬田へ一人来て埋めゆく母の真赤な櫛を
寺山修司
皺ばみて塩ふく梅は笊(ざる)のうへ母の一生(ひとよ)と重ねをりたり
内田紀満
[註]寺山修司が詠んだ母の歌は、父の歌と同程度の67首(全歌数714首の9.4%)。