匂い・匂うの歌(5/8)
花のいろにあまぎる霞立ちまよひ空さへにほふ山ざくらかな
新古今集・藤原長家
吉野山はなやさかりに匂ふらむふるさと去らぬ峰の白雲
新古今集・藤原家衝
山里の花のにほひのいかなれや香をたづねくる鶯のなき
新勅撰集・選子内親王
山里は夕暮さむし桜花ちりはそめねどにほひしめりて
上田秋成
さみだれの雨今こそは晴れぬなれあかりて匂ふ姫ゆりの花
安藤野雁
この真昼炭(すみ)にまじれる古き葉のけぶるにほひを寂しみにけり
島木赤彦
桑畑の畑のめぐりに紫蘇(しそ)生ひて断(ちぎ)りて居ればにほひするかも
斎藤茂吉
あらしのあと木の葉の青の揉まれたるにほひかなしも空は晴れつつ
古泉千樫
これらの歌は、いずれも分かりやすい。平安朝では、花といえば桜。その匂いがよく詠まれた。明治以降の近代短歌では、具体的な植物の名前と共に匂いが詠まれるようになった。
藤原長家は、平安時代中期の公卿・歌人。父は摂政太政大臣・藤原道長で、藤原俊成の曽祖父に当たる。藤原家衝については、よく分らない。
安藤野雁は、国学者塙忠宝(塙保己一の子)に学んだ。著書に万葉集の注釈書『万葉集新考』、や自撰家集『野雁集』がある。校註国歌大系解題によれば、「常に弊衣をまとひ縄を帯とし、雨中草履をはいて、悠々歌を誦しつつゆくといふやうな風の人で、非常に酒を嗜み、奇行逸話が少なくないといふ」。