天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

死を詠む(17)

虱

  かくばかり心たひらに毒をのみ人死にゆけば安からぬかも
                      橋本徳寿
  わが命あるひは旅に死なめども今宵見る月は吉備の海の上に
                      橋本徳寿
  さるすべり今年花さく晩夏なり死をあなどりてどこまでゆけるか
                      岡部桂一郎
  「かなかな かな」死はなつかしき声で鳴く 近づきて
  また遠ざかりゆく            岡部桂一郎


  怖れなく死を易々といふ若さ吾も持ちたり戦の日に
                     田中子之吉
  地の上に無数の死あり慟哭あり忘却ありて刻移りゆく
                      大下一真
  追ひ詰めて虫を玩ぶ猫があり具体化されてゐる死の時間
                      小池文夫
  死にて行く体より虱の離るるをさりげなくここに形容とせり
                      柴生田稔


ここには死を客観的に見て詠う作品が多い。橋本徳寿の一首目では、平然と毒をあおって死んでいった人を見たのであろう。見た方は心穏やかではなかった。蜩の「かなかな」という懐かしい鳴き声に死を思う人は、岡部桂一郎に限らない。戦争にある若者は、みな死ぬことなど怖くはない、と言い張った。田中子之吉の経験である。大下一真は僧侶なので、こうした悟りの歌になるのだろう。虱は生きている体には吸い付くが、死体からは離れるものだ、と柴生田稔は言う。