天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

幻想の父(1/12)

塚本邦雄全集

この人は生まれつき父を知らない。誕生後四ヶ月して父が亡くなったからである。母はこの人が二十四歳の時に亡くなっている。この人は随分たくさんの「父」の歌を詠んだ。男性歌人でこれほど多くの「父」を詠んだ人はいないのではないか。塚本邦雄である。
塚本邦雄全集(ゆまに書房)に載っている間奏歌集を除く全歌集とその後に刊行された『詩魂玲瓏』と『約翰傳僞書』を加えた二十七歌集の全9880首について父を詠んだ歌の数を調べてみた。父単独で364首、父母で77首。ちなみに母単独で192首となっているので、父の歌がはるかに多い。
噂に聞いていた父の行状や写真で見る風貌をそのまま詠むリアリズムではなく、「魂のレアリズム」を求めた。父を恋うと言えども負のイメージを活用した。他人の父であろうと小説に出て来る父であろうと、自分の父として歌に詠んだ。また、祖父といい父と詠うも、実は塚本自身のことかも知れない。融通無碍に入れ替わる。この方法は、前衛歌人としてほぼ同期の寺山修司が父母を詠んだ虚構とまるで違う点である。寺山の場合は、自分が父と入れ替わることはなかった。