知の詩情(18/21)
次に、いくつかの局面で小池の特徴がよく現れている歌をみていこう。先ずは、ユーモアに批評が加わるウィットの例。
「ヒューマニズム」を無二の理想にかかげつつ五十余年の果てに「むかつく」
『静物』
「太初(はじめ)にことばありき」あんめれ鉄砲水と水鉄砲はほとほと違ふ
『滴滴集』
「バグダッドの虐殺」として世界史に刻まれむことはじまらむとす
『時のめぐりに』
「子供より親が大事、と思ひたい」さう、子機よりも親機が大事
『時のめぐりに』
更に旺盛な批評精神の現れている歌として、
剃刀をあやつる他者をうたがはずほのぼのねむる戦後派として
『静物』
エクセルに長ずる者が支配者のごとくふるまふ職場の憂(う)しも
『滴滴集』
一片の岩片をひそと土に埋め旧石器日本を立ち上げにけり
『滴滴集』
憲法に感傷をする世代よりすがすがしくもわれはおくれて
『時のめぐりに』
「戦争の放棄」と「戦争する権利の放棄」の差異をしばらくおもふ
『時のめぐりに』
自己客観視も批評精神の現れである。
雨の中をおみこし来たり四階の窓をひらけばわれは見てゐる
『草の庭』
挨拶の二三言(ふたみこと)ながらわがこゑの陰にこもりてひびく驚く
『日々の思い出』
笹の間のちひさな石に腰かけて いつしか来(きた)るわれそこにゐる
『静物』
眼球底に圧搾空気うちこまれ例のごとくにわがおどろける
『時のめぐりに』