わが為にくる秋にしもあらなくに虫の音(ね)きけばまづぞ悲しき
古今集・読人しらず
しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき
古今集・読人しらず
*きぬぎぬ: 衣を重ねて掛けて共寝をした男女が、翌朝別れるときそれぞれ身
につける、その衣。
君がいにし方やいづれぞ白雲のぬしなき宿と見るぞかなしき
後撰集・藤原清正
惜しからでかなしきものは身なりけり憂世そむかむ方を知らねば
後撰集・紀貫之
ながらへば人の心もみるべきに露のいのちぞかなしかりける
後撰集・土佐
みる夢のうつつになるは世の常ぞ現のゆめになるぞかなしき
拾遺集・読人しらず
わぎもこがねくたれ髪を猿沢の池の玉藻と見るぞ悲しき
拾遺集・柿本人麻呂
*「いとしい乙女の寝乱れた黒髪を、今猿沢池の美しい藻としてみるのは本当に
悲しいことです。」帝の寵愛を受けた采女が、寵愛されなくなって池のほとり
の柳に衣をかけ、入水自殺をした。自殺した池のほとりの柳の下で、柿本人麿
が歌を歌い、帝も歌うという大和物語150段の名場面にある歌。
かはらむと祈る命は惜しからでさても別れむことぞかなしき
詞花集・赤染衛門
*わが子が重病で死に瀕した時の歌。わが子の代わりに死んでもよい、と祈るのだが、
それで別れとなるのは悲しい、と詠う。今昔物語によると、この母の思いが通じて、
息子は元気になった、という。