五感の歌―味覚
味覚は、物を食べた時に口内で感じる甘味、辛味、酸味、苦味などの感覚だが、驚いたことに和歌や短歌に詠まれた例が少ない。飲食物の種類は多く詠まれているが、それらの味についてはあまり拘泥しなかったようだ。
[甘い]
柿の実のあまきもありぬ柿の実の渋きもありぬ渋きぞうまき
正岡子規
八つ頭あまく煮たのが食いたくて、妻にいえば妻が煮る八つ頭
矢代東村
*八つ頭は里芋の栽培品種の一つ。その形状から,八頭とか九面芋と呼ばれる
ようになった。縁起物としておせち料理によく使われる。
冬の夜に干魚(ひを)をしづかにほぐすなり甘き日はしばし吾に来ざらむ
生方たつゑ
あたためしミルクがあましいづくにか最後の朝餉食(は)む人もゐむ
大西民子
*下句からは、大西民子の境遇が反映しているように思えてしかたない。
男児を早死産、十年間別居中の夫と協議離婚、同居していた妹の急死により
身寄りのすべてを失った。
こころよりうどんを食へばあぶらげの甘く煮たるは慈悲のごとしも
小池 光
*うどんの旨さを堪能しようという気持があるのだ。
[辛い]
辛きカレーを喰うカウンターのおとこがたしかに大きく見えぬ
高瀬一誌
*カレーがよほど辛かったのだろう。こんなカレーを食える男が大きく
見えたのだ。
[酸い]
じりじりとデモ隊のなか遡行するバスに居りたり酸き孤独噛み
岡井 隆
コーヒーの味すゆくして楽しまぬ今日は悲しきことわが思ふ
柴生田稔
レモンティー飲みて「酸つぱい」と言ひし母声を聞きしは四カ月振り
鐘田義直
[苦い]
遂に怒りを吐いてしまひぬ苦味まで出してしまつた紅茶のやうに
小島笑子
*直喩が感覚として分かりにくいが、作者の怒りの言葉を聞いた人は、苦い紅茶
を飲んだ時のような気分になっただろう、という解釈か。