果物のうたー蜜柑
我友は蜜柑むきつつしみじみとはや抱(いだ)きねといひにけらずや
斎藤茂吉
*気の置けない友に、自分の好きな女性のことを話したら、友は蜜柑を剥き
ながら早く抱いてしまいなさい、としみじみと言ったのだった。
ぢつとして、蜜柑のつゆに染まりたる爪を見つむる心もとなさ!
石川啄木
街をゆき子供の傍(そば)を通る時蜜柑の香(か)せり冬がまた来る
木下利玄
眠れざる意識の底に冴えながら風に揉まるる蜜柑がありぬ
林 善衛
今日ひと日誰も来たらずわが卓に蜜柑一つの影落としゐる
藤岡武雄
柑橘の黴すみやかに伝染(うつ)りゆく閉ぢられしダンボールの中の小世界
斎藤 史
点したる部屋にまろびてみづからの光放てり柑の一顆は
井田金次郎
葉むらより逃げ去るばかり熟蜜柑 飯田蛇笏
蜜柑盗みに山猿がくる雨がくる 秋元不死男
帰郷して蜜柑山でもやりたまへ 藤後左右
山頂に脾腹(ひばら)をあづけ蜜柑食ふ 佐藤鬼房