感情を詠むー「むなし」 (1/2)
「むなし」は、空虚でからっぽな状態をいう。
人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり
世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
士(をのこ)やも空しかるべき万代(よろづよ)に語り続(つ)ぐべき名は立てずして
*「男と生まれて空しく終わって良いものか、万代に語り継いでゆく名を立てることなしに。」
恋しきにわびて魂まどひなば空しきからの名にや残らむ
古今集・よみ人しらず
*空しきから: 空しき骸で、なきがら、死骸。
「人の恋しさをどうすることもできないで、魂が戸惑ってどこかへいってしまえば恋に破れた魂の抜け殻になったという浮名を後世に残すことになるだろう。」
この春ぞおもひはかへす桜花むなしき色に染めしこころを
千載集・寂然
*「今年の春こそ思い改めよう。桜の花の空しい色に染めてしまった心を。」 般若心経の「色即是空」を踏む。
色にのみそみし心のくやしきを空しと説ける法のうれしさ
新古今集・小侍従
*「形あるものばかりとらわれてきた心が後悔されるが、すべての存在は空であるとの教えは嬉しいことです。」
里は荒れぬむなしき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く
新古今集・寂蓮
*「この里も荒れてしまった。慣れた独寝の床の辺まで冷やかな秋風が吹いている。」
いはばやと思ふことのみおほかるもさてむなしくやつひにはてなむ
いかにせむ夢路にだにも行きやらぬむなしき床の手枕の袖
新勅撰集・式子内親王
思ひつることたが磯のうつせ貝我が身むなしく世をや過ぎなむ
契沖
*うつせ貝: 海辺などにある、肉がぬけて、からになった貝。
和歌では序詞や枕詞のように用いる。以下参照。
(イ)「実なし」「むなし」などを言い起こす。
(ロ) (離れ離れになった二枚貝の殻の意から) 「あわず」「われる」などを言い起こす。
(ハ) 同音反復で「うつし心」「うつつ」などを言い起こす。