文(房)具を詠むー硯
硯(すずり)は、墨を水で磨り卸すために使う石・瓦等で作った文房具。日本での硯の使用は、すでに弥生時代にあったという。
四方の海を硯の水につくすともわが思ふことかきもやられじ
新勅撰集・藤原俊成
いつとなく硯にむかふ手ならひよ人にいふべき思ひならねば
風雅集・徽安門院
*「いつとはなしに硯に向かってものを書き付けているよ。人に向かって口にできるような思いではないので。」
飽かざりし昔の事を書きつくる硯の水は涙なりけり
氷りゐし硯の池のうちとけて浪間に清き鳥のあとかな
砕きつる吾が腕臂(うでひぢ)のなごりをば窪みに見する古硯(ふるすずり)かな
橘 曙覧
君が為われの作るとする墨の硯つくりをれば鳥のこゑごゑ
宗 不旱
*宗不旱(1884年―1942年)は、万葉調の歌をよみ、漂泊の歌人と称された。熊本市出身。窪田空穂の知遇を得て、作歌をはじめる。1912年から朝鮮半島に渡り、中国、台湾などを10年以上にわたって放浪した。
冬の日の今日あたたかし妻にいひて古き硯を洗はせにけり
古泉千樫
夕されば机の前に物思ふ硯の蓋の塵の寂しさ