歌集『サーベルと燕』について(1/4)
*はじめに
小池光さんの十一番目の歌集が、砂小屋書房から8月26日に初版発行された。
小池光の生涯を、自身の生い立ち、祖父母、父母、弟、娘たちなど家族の思い出、
文学・音楽・美術など教養に関わる作品や知人の記憶 などが短歌作品として要約
されている。無理なく工夫された短歌作法により読者の心に沁みる詩情豊かな歌集と
なっている。それは斎藤茂吉に心酔しその系統をついで、いわゆる前衛短歌に入り込
まなかったところに起因していよう。
以下に主要な特徴を、例歌により列挙してみる。
[豊富な人名]家族と知人、文学関係、音楽(クラシック、流行歌の歌手)、有名画家
など。短歌関係では斎藤茂吉が最多で目立つ。茂吉にいかに傾倒していたかがわかる。
蒙古野の空にひびかふ雁のこゑ茂吉うたひしわれは読みつつ
月島を向かひに見つつ「立体性の街」と歌ひし斎藤茂吉
茂吉翁にこゑかけられし売犬(ばいけん)の小さきものはいかに育ちし
爪ながき宦官と会ひし斎藤茂吉昭和五年の秋ふかむころ
七十歳で死にたる斎藤茂吉より年上となり歌がぼろぼろ
お守りのやうに鞄に入れてある茂吉『連山』昭和五年秋
哈爾浜(ハルピン)のキタイスカヤ街いかばかり茂吉『連山』われは読みつつ
宝石を拾ひしごとし茂吉歌集にひとつの誤植をみつけたる時
ちちははを語ることなく死にたりし斎藤茂吉のふたりのむすめ
「鵲」の字はかささぎと読むことさへも茂吉の歌にわれは知りたり
うたごころの呼び水として春の電車に茂吉『遍歴ひらきつつあり』
松葉牡丹の花をうたひて色彩のとびちる如し斎藤茂吉