短歌と「あはれ」(5/13)
■斎藤茂吉の場合
正岡子規の薫陶を受けて万葉集を称揚した斎藤茂吉の歌には、「あはれ」を詠み込んだ作品が多い。十七歌集の全14,020首中267首(1.9%)になる。この傾向は、やはり西行や新古今集から学んだことに起因している。万葉集ではない。ちなみに、斎藤茂吉著『万葉秀歌』には、先に挙げた万葉集にある「あはれ」歌五首は、一首も採られていない。つまり万葉集における「あはれ」歌は、茂吉の関心を惹かなかったのである。
さて茂吉の詠んだ「あはれ」歌について、一首中における場所によって分類してみよう。
初句に22首、中句(二、三、四句)に114首、結句に131首となっている。それぞれ数首ずつ例をあげる。
あはれなる百日紅の下かげに人力車(じんりき)ひとつ見えにけるかな
『赤光』
あはれとも君は見ざらむ寺まちの高き石垣(いしがき)にさむき雨かな
『つゆじも』
あはれ豊けき露伴先生のみそばにて支邦女(しなぢよ)詩人に執着をする
『寒雲』
おのが身しいとほしければかほそ身をあはれがりつつ飯食(いひを)しにけり
『赤光』
ものぐるひの命終(いのちをは)るをみとめ来てあはれ久しぶりに珈琲を飲む
『ともしび』
うしなひし物見つかれる顛末(てんまつ)もあはれに響くユーモアーのみ
『連山』
青葉くらきその下かげのあはれさは「女囚携帯乳児墓」
『暁紅』
もの書かむと考へゐたれ耳ちかく蜩蝉(ひぐらし)なけばあはれに聞(きこ)ゆ
『赤光』
くれなゐの獅子をかうべにもつ童子もんどり打ちてあはれなるかも
『あらたま』
長崎のいにし古(ふる)ごと明(あき)らむる君ぞたふときあはれたふとき
『つゆじも』
屋根裏に住む夫妻もの宵毎にギタをかなでてあはれにうたふ
『遍歴』
すがすがし谿のながれに生れたる魚(いろくづ)をとりて食ふあはれさよ
『ともしび』
墓(はか)原(はら)の空にみなぎり時のまに降りくる雪をあはれといはむ
『ともしび』
みすずかる信濃のくにの高遠(たかとほ)に一夜ねむりて霜をあはれむ
『ともしび』