天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

小池光歌集『梨の花』(6/11)

■人名      
 さまざまの分野の関連した人たちの名前が111首に見られる(歌集の19.7%)。小池さんの教養の広さと人間関係の深さを垣間見ることができる。次に大雑把に歌数の多い順にあげる(カッコ内は歌数)。
歌人(23)、作家・評論家(12)、演奏家・作曲家(8)、歌手(7)、俳優・女優・役者(6)、武人・軍人・やくざ(6)、政治家(5)、思想家・哲学者(5)、画家・漫画家(5)、学友、友人、友達(5)、わが子(4)、映画監督(3)、棋士(3)、先生(3)、知合い(3)、力士(2)、皇族(2)、小説の主人公(2)、書家(1)、写真家(1)、作陶家(1)、アスリート(1)、物理学者(1)、教え子(1)、商売人(1)、わが孫(1)。
 歌人の名前が最も多いが、なかでも(斎藤)茂吉は14首に登場して、小池さんの茂吉に対する思いが歌数にも表れている。

  北平(ペイピン)にて茂吉が見たる爪長き宦官のことしばしおもひぬ
  中島敦幼年時代をすごしたる埼玉久喜(くき)にはるのゆふぐれ    
  ヨーヨー・マリベルタンゴのセロの音はめまひ出てゐる身に沁みにけり 
  都はるみの眉毛のなかにあるほくろ遠きむかしよりわれは知りゐる    
  もしわれにいもうとをらば春咲きの桃井かおりの年齢(とし)くらゐなる    
  わが母は生後みつきの赤子なり 乃木大将が腹切りしとき   
  なにがなし眼光弱くなりたりしバラク・オバマをおもふ寒の夜    
  サルトルボーヴォワールが壇上に並び立てるを見たる青春   
  老眼鏡かけて週刊文春のマンガ立ち読みす益田ミリの     
  立石君癌に倒れぬ武者君は蜘蛛膜下出血一撃の死(しに)    
  お父さん、鼻毛出てると夏はいふいくたびもいふ会ふたびごとに 
  小津安の『東京物語』みるたびにおなじところでなみだがこぼる  
  呉清源のいまはのまなこに映りたる白い石あはれ黒い石あはれ  
  数学の虜(とりこ)となりし高校時代倉林先生にわれはしたしむ   
  夫をなくしし西久保さんが菜園にこころをこめて作りしトマト  
  照(てる)国(くに)といふ横綱がむかしをり桜餅など食べて居るかな   
  此(こ)れの世のふかまる闇にひとりゐて蚕(こ)繭(まゆ)を撫づる美知子皇后  
  その名前机竜之介と出るまでに二分三分悶絶のくるしみ   
  パソコンの画面にまなこ近づけて黄庭堅の書を見つるかな   
  桑原甲子雄のふるき写真に見入りたり昭和十五年秋の満州   
  古美術館のガラスケースの中にある魯山人の皿 盗(と)らむとおもふ  
  引退の記者会見に浅田真央うしろをみせてなみだをぬぐふ   
  うつくしきシュテファン・ボルツマンの法則をおもひ出すなり初夏(しよか)の
  ひかりに
  田岡宏美ゆめに出てきてもの言へり三十幾つで死にしをしへご  
  上林春松(しゆんしよう)本店謹製の「綾鷹」の茶をひといきに飲む   
  一人孫のさなにもらひし飴なめて月照る下をわがかへる道

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斎藤茂吉