天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成十九年「玉くしげ」

  滝おちてくれなゐの橋かかりたり山を彩るもみぢかへるで

  きよろきよろとあたり見回し羽根ひろぐ衆人環視の池の鵜の鳥

  寒川の神に供へよ白豆腐母乳ゆたかに子育てかなふ

  色満たぬ紅葉わびしき大山に厄除けせむと投ぐるかはらけ

 

     霜月   八首

  透谷の墓のちかくに見出せり浅田兄弟仇討の墓碑

  十二歳二十一歳兄弟の仇討知らす江戸瓦版

  夕食の敵の家に踏み込めり本懐とげし二尺三寸

  美しきアフリカ象の肌の色欅紅葉の色より白き

  所在無き時間ながれて秋ふかむ動物園のそれぞれの檻

  がつしりと巌ふまへて小菊咲く日本国香会の盆栽

  五大堂明王院の軒先に渋柿ならむたわわに垂るる

  黒雲ゆ天使のはしご降り来たりヨット群なす鎌倉の海

 

     箕面に遊ぶ   五首

  功なりし英世が母と来しところ箕面の山の温泉に入る

  湯上りの身を横たへる湯の宿の窓より見たる朝焼けの空

  迂回とは知らず踏み込む桜谷山越えくれば猿と行き逢ふ

  試験管右手にかざす銅像箕面の山の中腹に立つ

  リハビリに往復すらし老人がのめるがに行く川沿ひの道

 

  玉くしげ箱根を越ゆる駅伝の区間記録のまたあらたなる

  赤錆(あかさび)の砲弾据うる忠魂碑かつて在郷軍人会あり

  梅の木の直立つ梢(うれ)にとりつきてゆらゆら揺るるふくら雀は

  海産物問屋丸代商店の生簀に沈む栄螺伊勢海老

 

     師走   八首

  錦秋の里山に開く隧道の口が吸ひ込む自動車の群

  見上ぐるはなにか恥づかし白々と垣根に干せる大根の列

  二時間に一本のバス待ちてをり神社あかるき銀杏の落葉

  寒川(さむかは)の神に供へし白豆腐母の願ひの乳ほとばしる

  ただむきを大根(おほね)と云ひて讃へたり后に贈るすめろぎの歌

  城ヶ島上昇気流に遊弋の何を狙へるこの鳶の数

  何魚か半身失ひただよへる波打ち際に時雨はきたり

  あたたかきシャワーの後にあつあつの豚汁すする師走遠泳

 

     相模野   五首

  くろがねの不動明王現はれて紅葉まつりをありがたくせり

  息継ぎて倦まず弛まずのぼり来し虚仮の一念山頂に立つ

  昼となく夜となく散る大銀杏師走八日を忘れざらなむ

  合格のお礼記せる絵馬みれば涙ぐましも宮の軒下

  はろばろと歩みきたりし渚辺のわが足跡を白波が消す

 

  納税の額に青ざめ三度目の電卓たたく税務署の隅

  あらたまの朝の光のまぶしさに胸ふくらませ眠る水鳥

 

     新春   八首

  波待ちてウェットスーツのサーファが腹這ふ海に雪ふりにけり

  ひもろぎの木々を映して鎮もれるおほき鏡を人は拝めり

  才能に国をゆだぬるほかなけれ吹雪にくらむあらたまの不二

  金の烏帽子白き水干 乙女らの艶にひかれて寄りゆく我は

  一様に同じ向きむくゆりかもめ船を繋げる鎖にならび

  横浜の一夜をいかにすごしけむ今日十五時の出港を待つ

  せはしなく街道ゆける人の世に笠をあみだの不二見西行 

  日に濡れて雌蕊雄蕊の輝けばハイビスカスの性をうらやむ 

 

     不二   六首

  ひさかたの朝の光をまぶしめば富士山頂に雪けむり立つ

  色あせし紅葉ちりしく山の端に暗き口開く横穴古墳

  人知るや琵琶湖の水と同量をためて鎮もる不二といふ山

  山の端につるし雲垂る風駈けて不二の上空乱気流たつ

  まもられて蟻の巣穴に羽化したるミヤマシジミは草原を飛ぶ

  なまよみの甲斐をみおろし動かざる不二の高空星のめぐれる

 

  ひさかたの雨にけぶれる元町の店にこもれり銀器の光

  移築せし書斎の部屋に碁盤あり黒石ひとつおきて人待つ

  わかみどりこの世の色と思ほえず春の日ざしに苔(こけ)のかがよふ

  こなごなに踏みくだかれて散り敷ける椿の赤は朝に鮮(すくな)し

  流鏑馬の的割る音にどよめけり田にゐならべる観梅の客

  『東方の門』を書きつつ逝きしとふ書斎の縁に腰掛くわれは

  焼き芋の売り声たかき公園にオカメインコを探す貼紙

  膝小僧ならべ足湯をたのしめる乙女ふたりのまぶしかりけり

  魚市場水槽に棲む鯛、鱸、鯵、カワハギのまなこつやめく

  道の辺にイワシサヨリを吊るし干す今日なまぬるき如月の風

  バスに乗る眼鏡の女ケータイがじゃらんと鳴って「ユー ゴット メイル」

  大き尻壁に押し当てたゆたへる象のウメコに春風が吹く

 

     二月の湘南   六首

  ボール打つ姿勢説くらし砂蹴りて手をふりおろす湘南ビーチ

  熱心にコーチの仕草見てゐたりビーチバレーのコートのめぐり

  ぐんぐんと一筋伸ぶる飛行雲めざすは雪の富士のいただき 

  袈裟懸けに斬られしごとく雪の富士飛行機雲の影を映せり

  境川河口を発ちてたわたわと川上めざす黒き鵜の鳥

  きららかにきびなごかかる釣糸を撓めて吹くも如月の風

 

  売りに出す宿もありけり湯の郷の奥処さみしき川のせせらぎ

  湯の郷の早咲きの花咲き満ちて目白とびかふ声のうれしさ

  開花には十日もはやき城跡の桜見上ぐる出張帰り

 

     木々   七首

  時をかけ枝ひろぐればまた剪らるほんに切なき道の辺の松

  池の面に静かにたたす観世音はくもくれんの光みちたり

  山門の脇に大杉佇ちたれば参拝者皆マスクかけたり

  傾きて幹こすれあふ杉の木の悲鳴ひびかふ寺の裏山

  もののふが敗走したる裏山の木立をゆけばうぐひす啼くも 

  広重の絵に描かれし御油(ごゆ)橋にわが佇めば菜の花咲けり

  三分咲きしだれ桜を背に立ちて何をしゃべれる梅宮辰夫 

 

     城   六首

  さくら咲く山寺跡にひよどりが残り少なき蜜柑ついばむ

  そこここに刻銘石の残りたる寺の跡地に山川の音

  江戸城に石切り出しし山峡に矢穴うがてる石残りたり

  美しき城を誇りに思ひしや誰がために積む石の数々

  人の住む場所と思へぬ天守閣胸突き上ぐるほどの階段

  天守閣望みて敷ける青シート花の宴といふにさみしき

 

  ウクレレに作りて残す震災に遭ひし教会手すりの柱

  モンゴルの風習ならむ力士らが塚に巻きたる青き天鵞絨

  いづくより種のとび来し たんぽぽの黄の花咲けり鉄路の縁に

  校庭のチャイムの後に鶏の時を告げたりしはがれ声に

 

     五月来る   八首

  袈裟懸けに波切るウィンドサーフィンの白き羽根見ゆ葉山の海に

  金網の倒るるまでに吊るしたるあまた錠前恋人の丘

  登りきて酸素不足になりぬらむ日の斑が誘ふ眩暈なりけり

  四阿(あずまや)の柱に書ける女男の名と日付見てゐる雨、水曜日

  鵜の鳥は動かざりけり江ノ島の行きと帰りに見し岩の上

  南国の色おほらかに咲きにけり平戸つつじと霧島つつじ

  見てみたき「カナリ過激ナ袋トジ」吊り広告の文字炎(ほむら)立つ

  山荘に黒部の大岩運ばせて茶をたしなめり電力王は

 

  株券は電子に変はる世となれど弁財天に手合はす吾は

 

     葉桜   六首

  たたなはる山並越えてとどろけり富士演習場砲撃の音

  よろこびて若葉の梢を啼きわたる小鳥の群をあかず見てゐつ

  葉桜の山にうぐひす啼きたれば蝮は浅き睡りを眠る

  ヒヨドリの鋭き声に責められてわが落ちつかぬ葉桜の山

  骸骨にうすくれなゐの洞(ほら)あればときめくごとしジョージア・オキーフ

  釣針をのみて死にたる鳥あれば塀を立てたり水鳥の池 

 

  しらじらと花ちり敷ける池の面に波紋たちたり鵜の鳥浮き来

  江ノ電は垣根に触れんばかりなり布団干す家犬あそぶ庭

  一日を釣りに過ごせる老人の群を見に来る川原鳩の群

  十頭の猪の皮干す道の辺に猟犬供養塔小さきが立つ

 

     湿原   四首

  国を守る音と思へどうそ寒し箱根連山砲撃に揺る

  シュレーゲルアオガエルとふ名を貰ひカラコロコロロ湿原に鳴く

  水底に葉をひろげたる河骨に影を落とせる魚アブラハヤ

  ヒマラヤの芥子の花といふはかなげに空色こぼす湿原の隅 

 

  嘴に付きし飯粒気になれば土鳩は赤き足に払へり

  仕事なきわが水曜日久里浜のポピー見にゆく尻こすり坂

  みぎひだり赤きロープが長く垂れかたみに引けば「愛の鐘」鳴る

  膝小僧出して足湯のハーブ園女ばかりにわが入りがたし

  水色の花に蜜蜂おびき寄せ交配したり矢車菊は 

  ヒナゲシヤグルマギクと隣り合ひ炎と水の色を競へり

  メタボリックな腹に手を置き胸はれり軍服着たるペリー提督

  ひよどりの声かしましく鳴き渡るみかん花咲く石橋山に 

  イチローと大輔の勝負途中にて勤めに出づる朝の深緑

 

     烏帽子岩   五首

  つややかに飛沫に濡れて光りたりテトラポッドを這ふ黒き蟹

  烏帽子岩付近はもはや釣れざるか大き音たて釣船は去る

  気に留むる人も少なき砂浜にはかな気に咲く浜昼顔は

  丈低き防風林の松林枯れ落葉踏む足裏やさしき

  喨々と風を孕みて空に浮く湘南凧の会の武者絵は 

 

  藪蔭に蝮(まむし)腹這ふ注意せよ森の小道にコナラささやく

  河骨の黄なる花咲く水の面にきたりてあそぶ朝の光は

  騒がしき朝の通勤時間過ぎ駅舎の屋根に交尾する鳩

  宮山の駅のかたへの金網につる巻き咲ける昼顔の花

  信長の好意もデウスの恩寵とフロイス書けりセミナリオ建つ

  安土山図屏風一双たづさへし天正遣欧少年使節

 

     ドリームランド   八首

  襤褸切れをまとひて芥をあさりゐる旧東海道朝の蓑虫

  ショウウィンドウ朝の光にしづもれる茶瓶茶釜に炊飯器など

  煎餅をもらへばお辞儀するといふ神鹿苑の鹿ぞかなしき

  新しき夢つむぐがに拓かれし墓地、野球場、薬科大学

  老人がベンチに憩ひ話しをり健康遊具のならぶ公園

  徐々に徐々にネームプレート貼られゆく芝生にならぶ平石の墓

  女ひとり声はりあぐる宝くじ「億万長者が出ている売場」

  並べたる竿一本をあげたれば小さき河豚が釣糸に垂る

 

     予測   六首

  寄り付きの価格やいかに九時なればWebに開く株式市場

  週末のダウ平均の値上りにわが持ち株の値戻りを期す

  市場にも五月病ありこの時期は毎年下がる株式価格

  回復を期してわが持つ銘柄の塩漬け期間はや三月なる

  野に山に向日葵咲かば狂ほしも石油に替はるエタノールあり

  損失の言ひ訳として今までの儲けの一部妻に渡せり

 

  ふり返りふり返り去る杉木立滝音消えて高き瀬の音

  兵士らの迷彩服の動く見ゆ横須賀総監本部の庭に

 

     梅雨明けを待つ   八首

  さりげなく路傍に咲ける擬宝珠は園芸品種よりも好もし

  カンガルーの尻尾(しっぽ)に似たる花咲けばカンガルー・ポーと名づけられたり

  ぬすまれし仏像いづこ貼紙の「探しています」文字かすれたり

  地方から都市に出できて生計(たつき)なす県人会の七夕かざり

  本堂の仏拝まむ若夫婦老いたる母の尻押し上ぐる

  近づけば泥まきあぐるザリガニの小栗判官眼洗之池

  小栗堂裏手の庭にしづもれり判官主従、姫と鬼鹿毛

  シンナーの臭ひ流れ来みなもとはカヌーにペンキ塗れる砂浜

 

     緑地   六首

  ぱらぱらと木の葉のしづく落ちにけり散在ケ池の馬の背の道

  強い虫弱い虫あり木の幹の樹液吸はむと触覚を振る

  「この木何の木」問ひかけの札立ちたれど木は見当たらず

  案内板のみに残れり遊園の大観覧車まはるまぼろし

  笹刈を中止せよとの注意書 生田緑地の蛍まもらん

  平成の源氏蛍が火を点す生田緑地のほたるの里に

 

  エアコンも扇風機もつけ涼みゐる原発やつぱ必須と言ひて

 

     越後紀行   八首

  深緑は谷底までもなだれたり千眼堂の赤き吊橋

  大杉の梢さしくる夏の日を背に受けのぼる国上(くがみ)の山に

  万葉のしらべにのりて破綻なき八一のうたに心やすらぐ

  晩年の八一のすまひ見てあれば良寛和尚の書も掛かりたり

  立ちならぶ柳の木々は夏なればおどろおどろし汗噴きやまぬ

  佐渡行きの船はゆるゆる向きを変ふ台風一過のにごれる河口

  信濃川にごれる水の早ければ白き鴎は流されにけり

  在来線駅のベンチの女生徒の白き素足の見えてかなしき

 

     夢にうなされ   四首

  鬼百合の秘所にしゆるしゆる口伸ばし匂へる蜜を吸ふ黒揚羽

  コンテナの貨物列車を従へて「桃太郎」なる機関車通る

  「一歳」と人差し指をたてて言ふ言葉うれしき幼子の顔

  岩礁の狭間の潮に身を沈め夏のほてりを冷ます乙女ら

 

  蝉穴を出でしばかりに死ににけむ蟻に引かるるにいにい蝉は

  イノシシと出会はば如何(いか)に身を処さむ地獄沢経て山路をのぼる

 

     夏逝く   六首

  うち寄する夏の名残の白波にごみが帯なす湘南海岸

  海面に身を起こせるは海豹か波くれば乗る黒きサーファー

  鉄分をふくみて黒き砂浜に何を語らふ鴉の群は

  逝く夏の浜の鴉ら争ひて砂にまみれし死魚をついばむ 

  平らなる海に一筋波たちて白くくづるる稲村ケ崎

  御詠歌の碑のならびたる参道に葛の花ちる秋ふかみかも 

 

     もてあます   七首

  一日の時間をいかに過ごすべき晴れれば川に釣糸を垂る

  相模川にごれる水に糸垂れて鯉のかかるを待ちにけるかも

  あきらめて竿収めけり溜めおきしバケツの水を川に戻して

  もてあます時間はあれど仕事なき余生思へば鵙猛り啼く

  雨雲に隠れて見えぬ大山の鹿を思へり雨にうたるる

  秋ふかむ大山寺にわがくれば地虫の声もとぎれがちなる 

  あしひきの山を下り来て身を伸ばす風呂の湯に沁む靴擦れの痕(あと) 

 

  ケーブルに電線の束巻きつけて工夫移動す白粉花(おしろい)の上

  いにしへは漁(すなどり)をして暮しけむ海見下せる丘の上の墓

 

     サヨナラ   三十首

  十七歳陸軍伍長の遺書を読む蝉かしましき靖国の杜

  心身の固まらざるにはや来たり終戦間際の召集令状

  恥づかしくなき死に方を誓ひたり田舎の父を慮りて

  あさはかといふは易すけれ国難の至れば誰をいけにへとする

  戦地にもバナナ、お菓子はあるといへ優るものなき絵葉書の束

  絵葉書をあまたもらひし礼状が遺書とはなりぬビルマの戦地

  一度家に帰る考へふりすてて海軍少尉「神風」に乗る

  逢ひたくば飛行機を見よ空を見よわれそこに生くと妻をはげます

  安産を祈りて逝きし父なれば海鳴り高きマーシャル群島

  何をもてまことの道とまをすべき むかしもいまも人殺しあふ

  残さるる妻をあはれみ書きにけむ心のままに行動せよと

  音たてて桜もみぢの散りにけり斎庭(ゆには)に読みし今月の遺書

  前線にありて長生きせし故に大尉に進級せしと自嘲す

  国のためたふれし人はやすらふや靖国神社のみたま祭に

  大病の癒えしを母に謝してのち戦に征くを報恩とせり

  征くのちの母のみとりをたのみつつ姉の嫁入願ふ弟

  型どほり書きたる遺書を残されし父母が凝視す行間の情

  をさな等に送る菓子なきことを詫ぶ遺書の終りのサヨナラの文字

  三歳の子に遺言を読み聞かす祖父母のこころ楠の木が知る

  出撃は回天特別攻撃隊「多聞隊」なる一員として

  「回天」は頼山陽の論にあり天に再び日を戻す謂ひ

  「多聞」とは楠公幼時の名前にて国に尽さむ心意気なり

  嘴に付きし飯粒気になれば土鳩は赤き足に払へり

  この身東亜の涯に果つとも魂魄は九段に在りと母をはげます

  再婚の道あれば妻にすすめよと親に言ひおく大和魂

  戦争に盆正月はなかりけり一月三日南洋に散る

  戦争をとめたることを誇りとし責を負はむと佇ちし天皇

  悪人も死ねば許さるこの国の思想はつひに相容れざりき

  一人のすめろぎよりも軽かりき数十万の原爆の贄

  夕されば彼も宴(うたげ)に加はらむ花咲き満てる靖国の庭

 

ウクレレ