天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが句集・平成六年「化野」

       濁流の吊橋渡る日傘かな

       鮎掛けてたもに引抜く早瀬かな

       彼岸花枯れて現はる鬼女の相

       赤牛の人恋ふる秋草千里

       コスモスや自閉の心を野に放て

       月の道己が影追ふ少女かな

       荒波やおでん屋台を囲みをり

       青鷺の抜き足差し足潮溜り

       ふくろふの目つむりて聞く木々の声

       独り身のボジョレ・ヌーボー秋燈下

       激つ瀬に紅葉舞ひくる日射かな

       手鞠麩の浮かぶすましも屠蘇の膳

       川魚の紅葉をまとふ眠りかな

       摩周湖の霧人消えし展望台

       ぐつぐつと鰤の頭と聖護院

       子の居場所蛸風船のゆくところ

       首打ちし跡の石碑や紅葉散る

       雲行くや小さく熟るる姫林檎

       飛ぶ鳥の首の長きは春を恋ふ

       蜜蜂を連れて旅路の花野かな

       長崎のカステイラ食ふこたつかな

       転勤の片道切符流し雛

       日曜の日向に障子洗ひをり

       迎春の旗や中古車売場にも

       凧揚がる切岸白き白亜層

       梅園の光の中の昆布茶かな

       松が枝にゆさと降りくる寒烏

       方丈の畳無人の雪明り

       秀嶺の消えてしまひぬ青霞

       山茶花や垣根にのぞく犬の顔

       眼帯の女電車に雪明り

       春光や高野をめぐる女人道

       時雨くる湯宿の窓に日本海

       鶏あそぶ日溜りの土小正月

       落葉する波郷の墓は黒かった

       帆柱のならぶ入江や春の鳶

       わが町は影富士の中初飛行

       初雪や都電の駅の鬼子母神

       落武者の郷や障子の雪明り

       藁屋根に梢かかりて梅の花

       石を積む吃水深し春の波

       雪踏みて命の音を思ひけり

       須恵器焼く窯がうがうと春の月

       雪山の麓に鉄路消えてをり

       珈琲の飲みさしふたつ春炬燵

       検察庁支部入口の桜かな

       山笑ふパラグライダーの飛びたちて

       窓拭きのゴンドラ高し春一番

       春月や火の見櫓の古りて佇つ

       春田ゆくトラクターかな土匂ふ

       春一番小学生は肩組みて

       マニキュアを見つめて春のレストラン

       換気孔春の疾風の走る声

       樹氷林中に祖父母も父母も

       若宮の若葉の陰の野点かな

       川宿の手水鉢にも花筏

       はくれんの散るは示寂といふべきか

       糸遊や子等の姿の遠くなる

       桜鯛ひれにみなぎる力かな

       花を追ふ老い連れ立ちて上野駅

       春光や天を見上ぐる亀の列

       吹流はためく湖の「海賊船」

       初蝶を追ひかけてゆく野球帽

       風を呼ぶビル屋上の鯉幟

       仙人掌の花丑三つの居間を染む

       黒猫の寝そべる上に下がり藤

       鮑獲り磯笛鳴らぬ海女もゐて

       滝壷や石に座れば石となる

       蛍や魂飛ぶ闇のなまぐさき

       銅鑼鳴るや大雄山の夏木立

       図書館の睡魔の襲ふ春灯下

       竜宮の提灯といふ蛍烏賊

       水芭蕉昔を残す水車かな

       蛍烏賊ちやうちん青く点しけり

       釣られきて鰭満開や桜鯛

       河鹿笛岩にふくらむ鳴き袋

       釣り上げし岩魚の腹の黄色かな

       黒蝶のはばたき出づる寺の門

       蛍や無口になりし二人連れ

       白玉やタンゴ流るる店の隅

       夏蚕飼ふノコギリ屋根の乱反射

       百合匂ふ関東ローム層の崖

       なにもかも忘れて摘みし蕨かな

       新じやがや掘り起こされて寄り添へる

       雲のなか村あり芋の花畑

       手合はして裸の太子二歳像

       払ひ腰一本の声梅雨に入る

       花火師の闇も照らさる川供養

       虹くぐる鴎一羽の白さかな

       鳰の巣の卵隠して潜りけり

       火を噴きし海とも見えず走り梅雨

       嵯峨野路は雨足つよき竹の秋

       紫陽花や雑巾がけの寺の朝

       闘牛の土俵ぬかるむ大夕立

       黒帯の組み手あらそひ梅雨に入る

       透きとほる姫春蝉の衣かな

       天高し葛生の山に化石掘る

       月仰ぐ赤海亀の涙かな

       ほたて貝焼かれて片帆あげにけり

       青大将夏の木陰の大欠伸

       手を上げて鵜を帰らしむ鵜匠かな

       首すじの清しき女神輿かな

       見上ぐる顔照らして花火消えにけり

       木地職の住みし青葉の隠れ里

       鷺舞の羽広げたる涼しさよ

       蓮の葉の水玉落つる鯉の背

       怒り吐く十二神将夏木立

       行々子生徒をのせて渡し舟

       とんぼうの尻尾のリズム波紋かな

       地獄絵の絵解き聞きゐる団扇かな

       禅僧の会釈して過ぐ蝉時雨

       やみつきとなりし踊りや風の盆

       朝霧のロンドン駅の紅茶かな

       川に入りし犬動かざる大暑かな

       ちちろ虫つひの勤めの丸の内

       植込みに落ちきし蝉の鳴きはじむ

       山門に我も駆け込む大夕立

       日向葵や背高くなればうなだるる

       子の声に秋の山彦出でにけり

       自閉児の大き声出す花野かな

       杼作りの後継ぎなくて秋の空

       鮒寿司や湖北に風の渡る頃

       闇の窓こほろぎ我を呼びにけり

       赤とんぼ顔いつぱいの目を拭ふ

       義仲寺は町の残暑の中なりき

       鳥辺野の石の崩るる秋の風

 

化野