天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

山吹の花(続)

 調べてみたら、万葉集に山吹の花の短歌は十六首ある。長歌は一首。以下に短歌を。

  山振の立ちよそ儀ひたる山清水酌みに行かめど道の知らなく
  かはづ蝦鳴くかんなみがは甘奈備川に影見えて今か咲くらむ
  山吹の花
  山吹の咲きたる野辺のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり
  花咲きて実は成らずとも長き日に思ほゆるかも山吹の花
  かくしあらば何か植ゑけむ山吹の止む時もなく恋ふらく思へば
  山吹のにほへる妹がはねずいろ朱華色の赤裳の姿夢に見えつつ
  鶯の来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも
  山吹の繁み飛びくく鶯の声を聞くらむ君はとも羨しも
  山吹は日に日に咲きぬ愛しと吾が思ふ君はしくしく思ほゆ
  咲けりとも知らずしあらばもだ黙もあらむこの山吹を見せつつ
  もとな
  山吹の花取り持ちてつれなくも離れにし妹を思ひつるかも
  山吹を屋戸に植ゑては見るごとに思ひは止まず恋こそまさ益れ
  妹に似る草と見しよりわがし標めし野辺の山吹誰か手折りし
  山吹は撫でつつおほ生さむありつつも君来ましつつかざ挿頭し
  たりけり
  わが背子が屋戸の山吹咲きてあらば止まず通はむいやとしのは
  毎年に
  山吹の花の盛りにかくの如君を見まくは千年にもがも



山吹は河辺に見かけることが多いせいか、蛙と取り合わされてきた。

  かはずなく井手の山吹ちりにけり花のさかりにあはましものを
                        古今集
  蛙なくきさの山川おとすみて山ぶき咲けりたぎつ瀬ごとに
                        香川景樹

俳句でも、芭蕉が「蛙飛び込む水の音」の上五に何を付けたらよいか、弟子たちに聞いたところ、「山吹や」とする案が出たが、芭蕉はそれをとらず、「古池や」として、新境地を拓いたという話もある。ことほどさように古典的な取り合わせであった。


[追伸]古池や の句について。芭蕉は、上五をどうつけようか、
   其角に訊いたらしい。其角が「山吹や」としたらどうか、
   と答えたのは、『古今集』(読人知らず)の歌


    かはず鳴く井手の山吹散りにけり花の盛りにあはましものを


   を連想したから、という。