天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鎌倉・光則寺にて

 寒々しい冬の郊外を歩いていて黄色い花や果実を見かけるとほっとする。黄色や金色は人の心を暖かくゆたかにする力がある。果実では蜜柑や橙が多いが、たまに橘の実に出会うことがある。六月頃に、ゆかしい香の白い花を咲かせ、十二月頃に実をつけるが、苦くて食用にはならない。
 この植物、いにしえはもっと珍重されていて、歌によく詠まれた。万葉集では、梅と並んで出現頻度が高い。よく似た歌を次に二首あげる。

  橘の陰履(ふ)む路の八街(やちまた)に物をそ思ふ妹に
  逢はずて           三方沙弥                
  橘の本に道履む八街にものをそ思ふ人に知らえず
                 豊島采女


新古今集にもよく詠まれている。やはりよく似た二首をあげよう。
  かへり来ぬ昔を今とおもひねの夢のまくらに匂ふたちばな
                 式子内親王
  橘のにほふあたりのうたたねは夢もむかしの袖の香ぞする
                 藤原俊成女


次の現代の二首は、珍しく橘の実を詠んだもの。
  たちばな の こぬれ たわわに ふく かぜの
  やむ とき も なく いにしへ おもほゆ
                 会津八一
  壮年のこころ鬻(う)りつつ 橘の載りくちの黄のつゆけき車輪
                 塚本邦雄