薄氷(うすらひ)
この「うすらひ」という言葉、広辞苑の第五版にも、角川の新国語辞典にも載っていない。古語、歌語なのだ。意味は字面どおり、薄くはった氷。俳句では、春の季語。
葛桶に薄ら氷ゆらぐ宇陀にをり 能村登四郎
佐保川に凍り渡れる薄氷の薄き心をわが思はなくに
万葉集・大原桜井真人
さらさらと澄みたる音に鳴り寄りて水際にゆるる湖の薄氷
武川忠一
鎌倉は今どこの寺に立ち寄っても蝋梅の花の盛りである。かすかに甘やかな香が漂う。かたえの水溜りには薄氷が張っている。北鎌倉の円覚寺と東慶寺の境内を散歩した。観光客が来ないうちの早朝がよい。
山門の屋根青々と冬木立
舎利殿の闇に蝋梅とどき得ず
薄氷に緋色が滲む池の鯉
霜柱墓のあるじを驚かす
白梅の老樹の横に文学碑
薄氷のはる水瓶の上に咲く白梅の花はぢらふごとし
仏殿の坐禅に集ふ若きらが見上げて清(すが)し
あかつきの天(そら)
墓古りて花を手向くる人もなし眠りすがしき和辻哲郎
薄氷の池の底ひに棲む鯉の緋色滲めり方丈の朝
「この女作者はいつもおしろひをつけてゐる」とふ文学碑あり
「水穂」なる墓の両側歌碑ありて威を張るごとし谷戸松ヶ岡
薄氷の池に小石を投げ込めばカラカラ滑るたのしからずや