天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鑑賞の文学 ―短歌篇(21)―

本阿弥書店刊

  雨の日はおとなしい町 間遠なる靴音、とほく犬の
  なくこゑ        小島熱子『りんご1/2個』


 小島熱子さん(「短歌人」所属)の第三歌集が刊行された(本阿弥書店)。この歌集の特徴や読みどころについては、帯文(小池 光)と栞(花山多佳子、大辻隆弘、吉川宏志)に要約されている。以下では、修辞上の大きな特徴である比喩について指摘しておきたい。
この歌集には、比喩の歌わけても直喩の歌が非常に多い。いくつもの直喩の形が現れているので、それらを分類してみよう。


A.やう、やうな、やうに      [41首]
  ブーツから急にサンダルとなる朝そらまめのやうに
  あしゆびは立つ
B.ごと、ごとく、ごとし、ごとき  [30首]
  浅野川のにびいろの水に触れたるに火のごとく痛き
  そのつめたさよ
C.さながら            [2首]
  ふはふはとチーズスフレの焼きあがりさながら九月
  のわが深呼吸
D.似たる、似る、似て       [6首]
  日付のない時間のなかにゐるに似て左の指の逆剝け
  はがす
E.言ふべく            [1首]
  青柿が坂をころがり溝に落つ五秒の間の愛といふべく
F.まるで             [1首]
  印度木綿の服ふくらませふく風にきぶんはまるで夏
  の飛行船
G.の感じ             [1首]
  区役所の窓口に立ちなんとなくたみくさの感じに
  ぎこちなくをり
H.なつた心地、となりて      [2首]
  おばあさんになつた心地に神妙にほそき煤竹の耳掻
  きつかふ
I.かたちに            [2首]
  北向きの小部屋にながく棲む空気吽のかたちになにか
  を待ちて
J.の静けさに           [1首]
  くぐもれるファム・ファタールのしづけさにロセッテイ
  の女の厚き脣
K.・・したるにほひ         [1首]
  街上のなべての信号赤となる一瞬なにかが煮えたる
  にほひ
L.と思ふまで、・・まで       [2首]
  しづけさの何の殺法とおもふまで咲ききはまれる
  白き牡丹花
M.・・ほどの            [2首]
  口中に与太者ほどの柿のしぶのこりぬ空のあを
  ふかくして
N.・・になりさうな         [1首]
  過飽和になりさうなよる音のなく予報通りに雪が
  ふりだす
O.・・したふうに          [1首]
  なにもかも忘れたふうに手をふつて赤きマフラー
  行つてしまひぬ


隠喩など他の比喩についても見ていくと面白いであろう。ただ、歌集にこれほど喩が目立つと、読者は少し疲れるかも。