鑑賞の文学 ―短歌篇(28)―
小池 光『うたの人物記』をやっと読み終えた。外出の際に電車の中で読み継ぐので時間がかかった。この本で最も頻度高く取り上げられる歌人は斎藤茂吉で21首ある。次いで共に12首の塚本邦雄と岡井隆である。
以前に「短歌に詠まれた人名」というテーマで、斎藤茂吉、塚本邦雄、小池 光の三者の歌集について調べたことがある。それによると人名が詠まれた割合は、斎藤茂吉(17歌集)2.9%、塚本邦雄(24歌集)10.2%、小池 光(8歌集)10.3%であった。この三者に共通していることは、文芸分野の人名の頻度が最も高いことであった。ところが三者が共に詠んでいる人名は、ほとんどなく、政治分野でのヒットラーくらいであった。その例を次にあげる。
ミュンヘンに吾居りし時アドルフ・ヒットラーは青年三十四歳
斎藤茂吉『寒雲』
遠き彼方の壁の上には灰色のヒトラーが立ちすくめり、四月
塚本邦雄『泪羅變』
くろぐろと滅びてゆけるヒットラーの機甲師団のつひに悲しも
小池 光『時のめぐりに』
それぞれに時代性が表れていて興味深い。また三者が詠んでいる人名は概ね今でも世に知られた人たちなのだが、そうでなく浮き沈みの激しい芸能分野の人名を詠んだ歌人に藤原龍一郎がいる。ロマンポルノや女子プロレスのかつての主役などを詠んだ歌が多数あって壮観である。いつの日にか紹介してみたい。
ところで『うたの人物記』が執筆されたのは、小池夫人が生前お元気であった頃のこと。今年の「短歌人」5月号に、以下のような歌があるので分る。
五六年のむかし書きたる『人物記』読めばなかなかおもしろきかな
和子まだすこやかなればわが筆致はづむがごとし調べて書いて