月(1)
我が国の詩歌の主要題は、古来、雪月花となっている。この言葉は、もともと中国の漢詩からきた。白居易(772年― 846年)の詩「寄殷協律」の中に、次のような句がある。
琴詩酒友皆抛我 (琴詩酒の友 皆 我を抛(なげう)つ)
雪月花時最憶君 (雪月花の時 最も君を憶(おも)う)
雪・月・花で自然の美しい景物と季節を代表させたのである。こうして月は秋の季題になった。万葉集には204首ほど、古今和歌集・秋の部には9首、新古今和歌集・秋の部には73首 が詠まれている。それぞれから良く知られた歌を一首ずつあげておこう。
あまの原ふりさけ見ればかすがなる三笠の山にいでし月かも
万葉集・安倍仲麿
白雲にはねうちかはし飛ぶかりのかずさへ見ゆる秋の夜の月
古今集・よみ人知らず
さむしろや待つ夜のあきの風更けて月をかたしく宇治の橋ひめ
新古今集・藤原定家
たまたま9月1日の産経新聞を見ていたら、岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が満月に照らされた写真が出ていた。右上の画像がそれである。実はこうした情景を詠んだわが俳句が「古志」9月号・同人の一句「月」に載った。次のもの。
月天心一本松をいとほしむ
まことに偶然、幸運であった。
すでに報道されているように、この一本松は9月12日に切り倒されて保存加工され、もとの場所に戻される計画になっている。来年の3月11日を目標にするらしい。
[追伸]わが国において月が秋の景物になった時期は、雪が冬の、花が春の景物になった古今和歌集の時期よりも遅れ、金葉和歌集からであった。それまでは、月の歌はみな雑の部に入っている。この情報は宮坂静生著「季語の誕生」(岩波新書)から得た。ちなみに新古今和歌集は金葉和歌集の約80年後に出たので、月は秋の季題として定着している。